サリンと質量分析① (東京医科歯科 2018年 化学)

 こんなブログのタイトルですが、今回は化学の大学入試問題に関するトピックを取り上げてみようと思います。

 本問題は2018年東京医科歯科大学二次試験の化学第二問目として出題されたもので、地下鉄サリン事件及び松本サリン事件で多数の死者・負傷者を出した毒ガスサリンを含めた有機リン酸系化合物に関する内容となっています。地下鉄サリン事件から20年以上(今年の3月で丁度25年)経過した今、事件を風化させてはいけないという大学側のメッセージであるような気がします。

 設問を含め6ページ及ぶ非常に長い問題ですが、以下に全文及び設問を掲載します。また、本題で使用する原子量はH = 1.0 C = 12.0 O = 16.0 F = 19.0 P = 31.0です。

問1及び問2はリン酸の製法に関する基本問題です。塩化ホスホリル(POCl3)の反応は知らない人が大半と思われますが、水と反応してリン酸を生じるという記述を基に考えれば、余った塩素が塩化水素の形で生じると予測できると思います。実際のリン酸分子はリン原子を中心として、ほぼ正四面体構造を取ります(P-O結合に比べてP=O結合は僅かに短いため、正確には正四面体とはなりません)。

問1: 4P + 5O2 → P4O10 (空欄Aには十酸化四隣が入る) 
問2: POCl3 + 3H2O → 3HCl + H3PO4 (空欄Bに相当するリン酸の構造式は下図)

リン酸の構造式

 問3はサリンに対する特効薬として脚光を浴びる事になった、2-PAMの作用機序に関連する問題です。

 本文にも記述がある通り、農薬パラチオンや毒ガスサリンは、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)活性部位のセリン残基(水酸基)と共有結合を形成します(反応式1)。結果としてAChEは不可逆的に失活してしまい、アセチルコリンの分解が出来ないために神経伝達系が麻痺を起こしてしまいます。

 これに対し2-PAMは分子内に反応性の高いオキシム構造(=N-OH)を有しており、AChEに結合してしまった有機リン酸をエステル交換反応(エステル転移反応)によって除去することで再び活性型に戻します。このことを示しているのが反応式2となっています。

 オキシム(=N-OH)は高校化学の履修範囲外ですが、その構造から水酸基と類似の性質を持つことは推測できると思います。更に反応式2でAChEに結合していた有機リン酸が失われており、文章中にもエステル転移反応が起きていると言及されていることから、空欄Cにはオキシムと有機リン酸がリン酸エステル結合を形成した下図の構造が入ります。

 2-PAMは元々農薬の散布事故や誤飲に対する解毒薬として開発された経緯から、その在庫は農村部に偏っていました。その為、地下鉄サリン事件の起きた都市部では2-PAMの備蓄は直ちに底を尽き、大規模な輸送作戦が行われた歴史があります。

 長くなってしまったので今回はここまで。残りの3問は次回に紹介します。

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

サリンと質量分析① (東京医科歯科 2018年 化学)」に2件のコメントがあります

  1. 医学系、特に単科大学の化学生物は各大学の個性が強く出るので読み物としても面白いです。有機リンは高校化学だと殆ど触れないので新鮮なトピックですね( ˘ω˘ )

    いいね: 1人

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。