サリンと質量分析② (東京医科歯科 2018年 化学)

 前回から引き続き、東京医科歯科大にて出題されたサリンに関する入試問題のトピックです。問題文や問1~問3までの内容に関しては前回の投稿をご覧いただけますと幸いです(前回はタイトルに反して質量分析に全く触れていないことに気が付きました)。

https://matsubushi.art.blog/2020/02/14/サリンと質量分析①-東京医科歯科-2018年-化学/

 前回は無機リン酸に関する基本的な資質、有機リン酸系化合物による神経毒性の発現、及び特効薬2-PAMによる解毒作用についての話題でした。今回紹介する残りの箇所はタイトル通り、サリンの質量分析にまつわる話が中心となります(重複しますが、該当する箇所を以下に再掲します)。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: image-17.png
画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: image-18.png
画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: image-19.png
画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: image-20.png

問4: (1) (ウ) (2) (c)

 問4はサリンの質量分析法(マススペクトル)に関する問題です。本文中にも述べられているように質量分析法では、目的分子を高エネルギーの電子によりイオン化させ、得られた親ピークや、それらの断片(フラグメントピーク)を検出することで、化合物の分子量や部分構造などの情報を得ることが出来ます。

 凝固点降下や滴定実験といった古典的手法と比較して、分析に必要なサンプル量が圧倒的に少なくて済む為、現在における化合物の分子量決定は専ら質量分析法を用いて行われています。

 但し、今回使用しているイオン化法は極めて高いエネルギーを化合物に与えるため、親ピークの大半が断片化しており、ヘキサン(図2-2(B))では m/z = 86の親ピークが辛うじて見えるものの、サリン(図2-3(B))では m/z = 140の親ピークは完全に消失しています。問4ではこのm/z = 140(C4H10FO2P)の親ピークから生じた2つのフラグメントピーク(1)及び(2)の正体を探ることが求められます。

 まずピーク(1)ですが、これは125と親ピークより15だけ小さい分子量を持ちます。よって、サリンの親ピークからメチル基の脱離が起きたと考えられますので、(a)または(d)の位置で開裂したものと考えられます。

 ピーク(2)の分子量は99ですが、問題文にあるように水素原子が2つ付加しています。従って脱離した原子団の分子量は140 – 99 + 2 = 43と計算され、これに合致するのはイソプロピル基(-CH(CH3)2)となります。従って、ピーク(2)は(c)の位置で開裂が起きた後、左側のフラグメントに水素原子2つが付加したものと考えられます(下図参照)。実際図2-3(B)のマススペクトルにはm/z = 43のピークも存在しており、これはイソプロピル基に由来すると思われます。

問5: 0.50 x (264/140) = 0.942… より有効数字2桁を取って 0.94 g

 問5はサリンの解毒に必要な2-PAMの量を計算する問題です。先の議論からパラチオンやサリンなどの有機リン酸系化合物はAChEと1:1のモル比で反応して失活させ、不活性型AChEもまた、2-PAMと1:1のモル比で反応して元の活性型に戻ります。従って、サリンによる毒性を完全に中和する為に必要な2-PAMもやはりモル比で1:1になります。サリン及び2-PAMの分子量はそれぞれ、140及び264なのであとは単純な比例計算です。

問6: 下図参照

 問6はサリンの加水分解産物に関する問題です。サリンの構造式を見たとき、加水分解点として最初に連想するのは(b)に相当するリン酸エステル結合ではないかと思います。しかし、下の通り生じる分解産物の分子量は目的の96より2大きく合致しません。

 実はサリンの構造中で、加水分解を引き起こすのリン酸エステル結合だけではなく、フッ素についても以下のようにフッ化水素を放出しながら加水分解を受けます。結果サリンのフッ素原子が水酸基に置換される為、これが分子量138の加水分解産物の正体となります。そして、その後改めてリン酸エステルが加水分解を受けることで分子量96の化合物を与えます。


 フッ素の加水分解にノーヒントで気づくのは中々大変かもしれません。「加水分解により、サリンより分子量が2だけ小さくなった化合物を生じる」という事実から、フッ素が水酸基に置き換わったことに気が付けるかがポイントです。これら2つの分解産物は、オウム真理教がサリン製造を行っていたことを強く示唆する証拠として、重要な役割を果たした歴史があります。

コメント

 本問はサリンの毒性や分析に関する実に医学部らしい興味深い一題ですが、有機リン酸系化合物や質量分析などなじみの薄いトピックである上に、文章量も多く受験生にとっては中々難易度の高い問題だったのではないかと思います。

 ちなみに質量分析を用いた化合物の同定というトピックは、奇しくも同年の化学グランプリ1次選考でも出題されています。問題及び解説はHPに記載されているので、興味のある方は是非(http://gp.csj.jp/examarchives/2018collections.html)

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

サリンと質量分析② (東京医科歯科 2018年 化学)」に2件のコメントがあります

  1. 大学だとありふれたマスですけど、高校生としては推理を働かせる場面ですね~
    フッ素をトリックにしているのも面白い
    高校生の時から化学は好きだったので、もっと上の勉強していれば…(大学で辛酸を舐めた)

    いいね: 1人

  2. 化学は大学に入って色々学んでから改めて解いてみると、色々と背景が透けて見えて興味深いですね( ˘ω˘ )。最後に言及した化学グランプリの出題はもう少し突っ込んだ無いようですがパズル的要素もあって中々面白いです。

    いいね: 1人

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。