エーテル化合物の本領 (浜松医大 化学 2019)

 C-O-C結合を有する化合物は一般にエーテルと呼ばれますが、高校化学の範囲では特別な反応性を示す訳ではない為、構造異性体であるアルコールやフェノールと比べると非常に地味な印象です。今回はそんなイマイチ不遇なエーテル化合物に焦点を当てた2019年の浜松医大の問題を紹介します。

 本題の主役となるのは「クラウンエーテル」と呼ばれる大環状のエーテル化合物です(図5参照)。クラウンエーテルは、他のエーテル化合物と同様に酸化剤やアルカリ金属と反応する事はありませんが、特定の金属イオン(今回はカリウムイオン)を取り込み、多数の配位結合によって安定な複合体を形成します。

 クラウンエーテルは、元々デュポン社の研究員であったペダーセンによって合成されましたが、彼の目的は金属イオンを捕捉する分子の開発ではなく、全く別の目的で行った反応の副生成物として本化合物を発見しています。

 本来であれば目的に沿わない副生成物はそのまま見過ごされるところですが、彼はその副生成物が特定の金属イオンを選択的に捕捉する興味深い性質を持つことを発見し、会社の許可を得た上で更なる研究を進めました。

 ペダーセンによるクラウンエーテルの発見と性質の解明は、超分子(複数の分子が共有結合を介さずに複合体を形成して生じた分子)に関する研究の礎と見なされており、彼はその業績により1987年にノーベル賞を受賞しています。

 上記の逸話(デュポン社がクラウンエーテル研究の続行を容認した点も含む)はフレミングによるペニシリン発見などと並んで、自然科学におけるセレンディピティの好例として、しばしば大学の講義などで紹介されたりします。

 本問は題材こそ有機化学関連ですが中盤は化学平衡に関する計算がメインです。但し問1は有機化学に関する基礎知識、問4はクラウンエーテルの性質に絡んだ論述問題となっておいます。なお、気体定数はR=8.31 J/(mol・K)にて与えられています。

(解答)

問1: 下記参照

 問1は極めて基礎的な知識問題です。空欄2の指定は「化学式」と曖昧でしたが、とりあえず示性式で答えています。

問2: 1.22 x 10^6 (計算は下記参照)

 問2は化学平衡に関する典型問題です。未反応のK+以外は、クラウンエーテルと結合しているのでクラウンエーテル-K+複合体の濃度が定まります。また、ここから逆算することで、未反応のクラウンエーテルの濃度も定まります。

 後はこれらの値を代入して平衡定数を有効数字三桁で計算するだけですが、分母が濃度の二乗、分子が濃度であるので、単位は濃度(mol/L)の逆数です(L/molも可)。

問3: (1) ΔG = -8.31 x 298 x 14.0 = -3.47 x 105 (J/mol) (-34.7 (kJ/mol)も可)。
  (2) 0℃

 問3(1)は与えられたギブズエネルギー変化に関する公式に、表1のデータ及び気体定数を、ミスに注意して代入計算するだけです。今回気体定数の単位はJ/(mol・K)で与えられており、これに温度(K)を掛けているのでΔGの単位は(J/mol)です(表1の通り、logKcは無単位)。勿論JをkJに直して解答しても問題ありません。

 (2)ですが、今回の定義では平衡定数Kcが大きくなるほど複合体の平衡時の濃度も大きくなるので、0℃の方が複合体の濃度は高くなります。

 別の考え方として本文にもあるように、自発反応はギブズエネルギーが小さくなる方向に進行し、その落差が大きい程、平衡はその方向に偏ります。与えられた式から(0℃のΔG)<(25℃のΔG)なので、やはり0℃の方が複合体濃度は高くなります。

問4: 図6より18-クラウン-6が形成する環の大きさは、カリウムイオンの半径と近く、配位結合を効率的に形成できるために複合体形成による安定化作用が大きく、Kcは大きな値を取る(ΔGは小さくなる)。一方カリウムイオンより原子半径の小さなナトリウムイオンや、原子半径の大きいルビジウムイオンでは、18-クラウン-6と大きさが合わず配位結合を効率的に形成出来ない為、複合体形成による安定化作用は小さく、NaOHやRbOHを用いた場合のKcはKOHの場合に比べて小さな値となる。

 図6にある通り、カリウムイオンは18-クラウン-6が作る穴に「ぴったり」嵌っています。従ってこれより小さい、或いは大きいイオンでは複合体のおさまりが悪く、配位結合形成による安定化作用が十分に得られません。Rbはあまりなじみのない金属ですが、周期表でKの真下にあるアルカリ金属でKより原子半径は大きくなります。

 ちなみに、より小さいLi+やNa+はより小さなクラウンエーテル、より大きなCs+などはより大きなクラウンエーテルを用いることで選択的に捕捉することが可能です。

 

 以上のように本問は、高校化学では地味な存在であるエーテル化合物について、その特異な性質を化学平衡と絡めつつ紹介した良問と言えます。

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

エーテル化合物の本領 (浜松医大 化学 2019)」に2件のコメントがあります

  1. 天使の羽のように飛んで行ってしまうから、エーテル。
    好きです。
    マニアなとこ突きましたね~大学さん
    さすがにこれは解けた…(安心)

    化学はまだまだフロンティア、セレンディピティーと共にあらんことを( ˘ω˘ )

    いいね

  2. 大学でも、有機化学をちゃんと専攻しないと登場しない分子種ですね👀

    金属を捕捉する有機分子は、ヘモグロビンのヘム、クロロフィルや微生物が作るシデロフォア分子など自然界にもたくさん存在していて非常に奥が深い…( ˘ω˘ )

    いいね: 1人

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