構造構造また構造 (2020年 京大化学 第3問)

 東大に続いて京大化学です。京大の化学は全4問構成であり、第3問及び第4問が有機化学分野からの出題です。今回は有機低分子の構造決定がテーマの第3問を扱います。

 問われているのは「A-Hの構造式を記せ」のみ。同大学の数学を思わせるような設問のシンプルさで、空欄補充問題や記述問題などの脇道は一切ありません。

 なお、本記事においては化合物の表記について上記の記入例ではなく、不要な炭素原子及び水素原子を省略して表記する記法を採用しています。この場合、上記の記入例は以下のような表記になります。

末端のメチルや官能基以外の水素、炭素は省略する

(解答・解説)

 本問は化合物Aに関する予備知識に関する記述と、Aの加水分解産物であるB-Hに対して行った実験操作とその結果(あ)~(か)から構成されています。

(化合物Aの分子式)

 問題文より化合物Aの分子量348なので、1.0 x 10-3 molは348 mgです。これに対する完全燃焼実験の結果から348 mgのうち、炭素、水素、酸素がそれぞれ228, 24, 96 mgであることが分かり、それぞれのモル比から組成式としてC19H24O6を得ます。分子量を考慮すると、分子式も同じC19H24O6であることが分かります。

(化合物Aと化合物B-Hの関係)

 化合物Aは複数のエステル結合を持つ化合物ですが、化合物Aの酸素原子は6つですのでエステル結合は2つあるいは3つ持つことになります。そして化合物Aの加水分解産物であるB-Hは、化合物が部分的に加水分解されたB-Dと、完全に加水分解することで生じるE-Hに大別されます。

化合物A-Hの関係性

 Aを完全に加水分解することで4つの化合物(E-H)が生じる事から、Aは3つのエステル結合を持つことが推測されます。

 更に条件(あ)より、Bは化合物EとFが縮合したエステルであること、条件(い)及び(う)から化合物C及びDの組成式が分かりますが、これ以上のことは完全分解産物である、E-Hの構造を先に知る必要があります。

(化合物Eの構造: フマル酸 vs マレイン酸)

 条件(え)より、化合物Eが分子式C4H4O4のジカルボン酸であることが分かります。これはマレイン酸或いはフマル酸に相当する分子式であり、受験生であれば記憶しておく必要があります。

 問題はそのどちらかであるかということですが、本問において化合物Eは両方の幾何異性体のうち、水への溶解度が低い方として与えられています。

 上の表のように、二重結合の配座以外にもマレイン酸とフマル酸には様々な違いがあります。大学入試の場合、両者の区別は二重結合の向きか、酸無水物生成の有無で問われることが大半であり、水への溶解性は受験生にとって盲点だった可能性があります。

 実際は上の通り、フマル酸の溶解度はマレイン酸の100分の1以下であり、化合物Eはフマル酸となります。少し調べてみたところ、フマル酸の溶解度が極端に低い理由の一つに、両者の極性の違いがあるようです。

 フマル酸は二つのカルボキシル基が直線状に並ぶため、電荷の偏りが打ち消されます。一方で、マレイン酸では二つのカルボキシル基が「折れ線」の頂点に存在する形になるため、電荷の偏りが残ってしまいます。

 更にカルボキシル基の位置関係からもわかる通り、フマル酸では分子間の水素結合が優先され、マレイン酸では分子内の水素結合が優先されます。このため、フマル酸の結晶はマレイン酸と比べて分子間力が強く、融点はフマル酸の方が高いです。

 一方、このフマル酸における強固な分子間水素結合の形成が、水和を妨げることで水への溶解度を著しく下げているという見方もあります。恐らくは分子間水素結合と極性の両方が要因となっているものと思われます。

 何らかの形で両者の溶解度の違いを知っていれば問題ありませんが、知らなかった場合はいきなり恐怖の二択を迫られることになります。

(化合物Gの分子式)

 条件(お)より、化合物Gは分子式C5H10のアルケンに水が付加した分子式C5H12Oのアルコールと分かります。このうちメチル基を3つ持つものは光学異性体を除けば3通り存在し、この時点では候補を絞り切れません。

この時点で確定するのは分子式だけ

(化合物Hの構造式)

 条件(か)より、化合物Hは酸化することでテレフタル酸となる分子量122の化合物であることが分かります。

 分子式以外のヒントが無いのが困りものですが、酸化によってテレフタル酸となる化合物のうち、最も簡単な化合物はp-キシレン(C8H10)です。ここでp-キシレンの分子量は106であり、化合物Hはp-キシレンより分子量が16大きいことが分かります。

 分子量における16の差は、ちょうど酸素原子一つに相当するので、化合物Hは上記のようなキシレンのメチル基の一つがCH2OHに置き換わった化合物と考えるのが妥当です。これは、化合物Hがエステルの構成要素である事にも矛盾しません。

(化合物Fの構造: 消去法による構造決定)

 化合物Fは化合物A及びBの完全加水分解により生じることが分かっているのみで、それ以外の情報は一切与えられていません。しかしながら、これまでの議論から化合物A, E, G, Hの分子式が分かっており、また化合物Aが3つのエステル結合を持っていると予測されることから、以下のような加水分解に関する化学反応式が得られます。

C19H24O6 (A) + 3H2O → C4H4O4 (E) + 化合物F + C5H12O (G) + C8H10O (H)

 そして、この両辺を差し引くことで化合物Fの分子式がC2H4O3 と定まります。

 更に化合物Eは2つのカルボキシル基、G, Hはそれぞれ1つのヒドロキシル基を持っている為、化合物Aが3つのエステル結合を形成するには、化合物Fにヒドロキシル基とカルボキシル基が1つずつ存在する必要があります。

 以上の情報を併せると、化合物Fは以下に示すグリコール酸であると定まります(グリコール酸の名称を知っている必要はありません)。

化合物Fはヒドロキシ基とカルボキシル基を両方持っている

(化合物Gの構造: 光学活性なアルコール)

 化合物Aは不斉炭素を一つ持っていますが、構成要素のうちE, F及びHは不斉炭素を持っておらず、またエステル結合形成によっても不斉炭素は生じません。

 従って不斉炭素原子は化合物Gに存在し、3つのメチル基を持つことと併せて化合物Gの構造は以下のように決定されます(*: 不斉炭素原子)

化合物Gは3つのメチルと不斉炭素を持つ

(化合物Bの構造式: EとFをつなぐだけ)

 化合物Aの各構成要素の構造式が決定された後は、化合物A及び部分加水分解産物B, C, Dの構造決定に入ります。

 このうち、化合物BはEとFがエステル結合を形成したものでなので、ここまで来ている受験生であれば、以下の構造が容易に得られます。

BはEとFのエステル

(化合物AとCの構造式: 炭素数に注目すべし)

 化合物Bの構造が定まったことで、化合物Aの構造式は以下の2つに絞り込むことが出来ます。

化合物Aの最終候補

 すなわち、化合物Bの両端に化合物G及びHがエステル結合を形成した化合物となりますが、その位置について上記のような2つの可能性が残る訳です。

 これらを区別する為、未だ構造が定まっていない化合物C及びDの組成式に着目します。化合物Aの炭素数が19なので、化合物C及びDの炭素数はそれより少なくなるはずです。特に組成式C7H14O3の化合物Cは炭素数として7(n=1)または14(n =1)の二通りしかあり得ません。

 そこで化合物Aについて、その炭素数が7または14となるような加水分解産物を全て考え、その分子式を吟味します。

両候補の加水分解で得られる炭素数が7の倍数の化合物

 すると、候補1の場合のみ化合物Cの組成式(n = 1)を満たす加水分解物として、FとGが縮合したエステルが得られます。このことから化合物A及びCの構造が決まります。

(化合物Dの構造: 仕上げ)

 最後に残る化合物Dについて考えます。(う)から化合物Dの炭素数は3の倍数であり、更にカルボキシル基を持ちます。このことから化合物Dの最有力候補はHとEのエステルですが、これは確かに組成式を満たします (n = 4)。勘の良い人であれば、組成式の時点で不飽和度からベンゼン環をの存在を予想できたかもしれません。

コメント

 本問は8つの化合物の構造式を求めるというシンプルな出題でしたが、有機化合物に対する正確な知識に加え、与えられた条件を的確に利用して構造を絞り込む発想力が要求される難度の高い良問です。

 構成要素であるE-Hの構造決定については、フマル酸とマレイン酸を区別する為の正確な知識、飽和アルコールの構造異性体に関する理解、テレフタル酸合成に関する知識に加え、エステル加水分解反応による消去法による残りの構成要素に対する構造決定が必要です。ここで1つでも構造を間違えてしまえば、以降の化合物A-Dの構造も大部分が間違うことになり、大幅な得点減となるでしょう。

 その後の化合物A-Dの構造、とりわけA, C, Dについては今回述べた以外のアプローチが考えられます。どのような手法を取るにせよ、なるべく時間をかけずに構造決定を行いたいところです。

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

構造構造また構造 (2020年 京大化学 第3問)」に2件のコメントがあります

  1. 京大さんは興味深い問題が多いですね
    高校化学目線の集大成という感じで
    親近感のある知識をぶつける感じといいますか(簡単とは言っていない)

    いいね

    1. 質の高い詰め将棋のような、構造決定好きにはたまらない問題に仕上がっていると思います( ˘ω˘ )

      自分も偉そうに講釈を垂れましたが、じつはフマル酸とマレイン酸のところで最初間違えましたヾ(:3ノシヾ)ノシ

      いいね: 1人

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