ヨードホルム反応の理想と実際 (2020年 東大 化学第1問②)

 以前、今年の東大入試化学第一問(有機化学分野)の前半について紹介しました (下記リンク参照)。アスピリンのルーツとなる天然物サリシンの構造解析に関する問題で、興味深い題材でしたが、東大入試としては難易度は低めでした。

https://matsubushi.art.blog/2020/02/27/医薬品開発の歴史を辿る-2020年-東大-化学第1問-①/

 今回は第1問の後半パートについて紹介します。本問は前半とは完全に独立しており、ヨードホルム反応を利用した有機低分子の構造決定に関する問題です。本問は、とある事情から難易度は高めです。

 なお、本問で使用する原子量はH = 1.0, C = 12.0, O = 16.0です。

解答+解説

キ: CHI3

 アセトンやエタノールなど、CH3CH(OH)-やCH3CO-といった部分構造を持つ有機化合物を水中にて過剰量の水酸化ナトリウム及びヨウ素と共存させると、ヨードホルムの黄色沈殿(CHI3)を生じます。

 これはヨードホルム反応と呼ばれ1870年に発見された歴史の古い、有機化合物の定性分析法ですが、実際には以下のような反応が起こっています。

教科書的なヨードホルム反応

 まず、対象物質がエタノールや2-プロパノールのようなアルコールだった場合、酸化剤でもあるヨウ素によって、対応するケトンまたはアルデヒドに変換されます(反応0)

 その後、カルボニルに隣接するメチル基がヨウ素と反応してトリヨードメチル基となり(反応1)、更にNaOHと反応してヨードホルムが切り出され沈殿します(反応2)。

 同様の反応は、ヨウ素の代わりに臭素や塩素を使用した場合でも進行しますが(フッ素は不可)、その際生じるブロモホルムやクロロホルムは液体である為沈殿せず、ヨードホルムのような定性分析には不適です。

 なお、同様の部分構造を持つ酢酸の場合、カルボン酸と水酸化ナトリウムの中和反応が優先される為、ヨードホルム反応は進行せず沈殿は生じません。

 以上のようにヨードホルム反応の結果、対象となる有機化合物ではカルボニルに隣接するメチル基がOHに置き換わり、炭素数が一つ少ないカルボン酸に変換されます。

 本問ではこの事実を理解していることが前提となっています(一応、問題文中でアセトンが酢酸ナトリウムに変換されていることに言及されていますが、前提知識が無いとこれだけでヨードホルム反応の全容を推測する事は難しいです)。

ク: 118 ケ: 下図参照

PETと同様な縮合重合が起こる

 エチレングリコールが関連する高分子化合物といえばペットボトルなどの原料である、ポリエチレンテレフタラート(PET)が代表的です。

 この場合、二価のカルボン酸であるテレフタル酸と二価アルコールであるエチレングリコールが1:1のモル比で縮合重合を起こし、2当量の水を発生させながらPETが生成されます。

 実験2より、化合物Jもまたエチレングリコールと1:1のモル比で反応して高分子Hを生成します。従って化合物Jも2価のカルボン酸であり、同様の縮合重合反応によって高分子Hを与えると考えられます(化合物J及びHの不確定部分をRと置いています)。

 また、高分子Hの分子量は1.44×104、平均重合度は100であるので繰り返し単位の分子量は144と定まります(n=100は十分大きいとみなし、両端は無視して考えます)。このことから、Hの繰り返し構造におけるR部分の分子量が28であると分かります。

 高分子Hと化合物JにおけるRの構造は一致するので、R=28を代入することで、化合物Jの分子量は118であると決定されます。

 更に、化合物Jは直鎖状分子(炭素原子が枝分かれしない)であるので分子量と併せてRは-CH2-CH2-であると考えられます。従って高分子Hの分子式も上の通りです。

 なお、化合物Jはコハク酸と呼ばれ、クエン酸径路に登場するC4化合物の1つです。

サ: 下図参照

 話の流れから、先に化合物Gの構造(問サの答え)について考えます。問題文より、化合物Gはヨードホルム反応によって、炭素原子を一つ失って化合物Jを与えます。

 ヨードホルム反応のメカニズムを考慮すると、化合物Gの候補として以下2種類のカルボン酸が与えられます。

 この二種類の候補を区別する為、実験1における中和滴定反応の結果を利用します。一価のカルボン酸は炭酸水素ナトリウムと1:1のモル比で反応するため、化合物Gの分子量をMとおくと

 なので化合物Gの分子量は116となり、候補1が正しい構造であると決定されます。なお、本化合物はレブリン酸と呼ばれ、問題文の通り様々な用途で使用されます。

コ: 下図参照

 化合物Gに対してヨードホルム反応を行った場合、教科書通り反応が進行するのであれば、ヨードホルム以外には化合物Jのみが生成するはずですが、今回の反応では化合物Jに加えて化合物Kが生成されています。

 化合物Kも化合物Jと同様に、炭素原子が1つ減っている事からヨードホルム反応自体は進行して二価のカルボン酸になっていると推測されます。

 ところが、化合物Kには不斉炭素原子が存在しており何か+αが起こっていることは明らかです。とりあえず、化合物Kが二価カルボン酸であると仮定して実験1における中和反応の結果を考えます。化合物Kの分子量をM’とすると

化合物Kの分子量決定

 となるので化合物Kの分子量は134と決定されます。これは化合物Jの分子量と比べて16大きく、化合物Jに対してヒドロキシル基が1つ付加した以下の構造ではないかと推測されます。これは、化合物Kが不斉炭素原子を持つという事実にも矛盾しません。

 更に実験3の結果、化合物Kは加熱により分子内脱水反応を起こして化合物Lとなり、さらに光照射によって幾何異性体Mとなります。このLとMは臭素と反応することから、C-C二重結合を持つシス-トランス異性体の関係にあることが推測できます。

 このことは化合物Kがヒドロキシル基を持つことを支持しており、得られる化合物LとMは今年の京大化学でも登場したフマル酸とマレイン酸のペアと考えられます。そして化合物Mのみが加熱による分子内脱水によって酸無水物Nになるので、化合物Lがフマル酸、化合物Mがマレイン酸、化合物Nが無水マレイン酸となります。

 上記の議論が実験事実に矛盾しない事から、以上を解答として問題ないと思われます

(コメント)

 知識のみで解答できる問題の多かった前半と比べると、後半は問キを除くと全て本文における実験結果を基に解答を導く必要があります。

 本問はヨードホルム反応に関する出題ですが、ヨードホルム反応を起こす化合物の条件や沈殿に関する知識に加え、ヨードホルム反応によって化合物がどのように変化するかという事についても知っておく必要があります。

 かつての東大や他の難関大学では、しばしばヨードホルム反応の化学反応式を記述させる問題が出題されており、それらを見越して対策を取っていた受験生は多かったのではないかと思われます。

 しかし、今回のレブリン酸(化合物G)に対するヨードホルム反応のでは「教科書的な」生成物であるコハク酸(化合物J)に加え、「教科書的」でない副生成物(化合物K)が生じており、この事が本問の難易度を大幅に引き上げています。

 化合物Kについて、「本来のヨードホルム反応とは別の現象が起きている」と割り切ってしまい、実験結果によって構造解析に着手する方針を取れば、化合物K以降の構造はいずれも単純で、ヒントも比較的多いので何とか正答に辿り着けると思います。

 しかしながら、本番の限られた時間の中で「教科書通りでは無い反応が起きている」と割り切ることは容易ではなく、ヨードホルム反応に関する知識があることで却って泥沼に嵌ってしまった受験生もいたのではないでしょうか。

 とはいえ、問キ、ク、ケは東大としては標準レベルですのでここは確実に抑えて、前半とあわせて7割は確保したいところです。

本問の背景と元ネタ?

 本問には「実際の化学では教科書通りの結果が得られるとは限らず、その事を常に念頭に置いてほしい」というメッセージが込められているように思われます。

 確かに、化学反応は予想通り進行する方が稀であり、寧ろ予想通り進行しなかった場合、以前紹介したクラウンエーテルの例(https://matsubushi.art.blog/2020/02/25/エーテル化合物の本領-浜松医大-化学-2019/)のように、その原因を究明することで新たな発見に繋がる場合も数多くあります。

 なお、少しインターネットで調べたところ2017年に東京大学大学院薬学系研究科で本反応に関するそのままズバリの論文が出されています。論文によれば、レブリン酸に従来のヨードホルム反応を行うと化合物JとKがほぼ1:1で生成される他、微量のフマル酸も得られるようです。

 これに対して、本論文では反応条件を改良することで、副生成物である化合物Kの生成を抑えてコハク酸を選択的に得ることに成功しています。

当然英語ですが、オープンアクセスなので誰でも閲覧可能です。興味のある方は是非。

https://www.nature.com/articles/s41598-017-17116-4

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

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