新元素ラジウム発見の歴史 (1995年 東大 化学第2問)

 キュリー夫人ことマリ・キュリーは女性初のノーベル賞受賞者、そして歴代に4人しかいない複数回のノーベル賞受賞者(日本赤十字社などの平和賞受賞団体は除く)であり、その名を知らない人はいないと思われます。

 そんなマリ・キュリーが夫のピエール・キュリー(及び自発的放射能の発見者であるアンリ・ベクレル)と共に最初のノーベル賞であるノーベル物理学賞を受賞したのは1903年のことであり、その受賞に大きな要因となったのが本問で扱う放射性元素ラジウムの単離に関する研究でした。

 本問はキュリー夫妻が1トンもの閃ウラン鉱(ピッチブレンド)から、ごくわずかなラジウム(純粋な塩化物で120 mg、純粋な金属単体では8.5 mg)を取り出すまでの歴史を辿っています。

 なお、問題文中におけるラジウムの「2A族」とは、現在の2族に相当します(つまり、カルシウムやバリウムと同族)。本問はやや古い時代の問題なので、周期表に関する旧式の表現が残っているわけです。

解答・解説

 問ア: Al = (ハ)、Zn = (ハ)、Fe = (ホ)、Cu = (ホ)、Si = (ハ)

 Al, Zn, Fe, 及びCuの硫酸塩はいずれも水に溶け、各金属は水溶液中ではそれぞれAl3+、Zn2+、Fe3+ (Fe2+)、Cu2+の形で存在しています。一方操作(a)のような強塩基条件下において両性金属であるAl及びZnは、それぞれ[Al(OH)4] や [Zn(OH)4]2-のような錯イオンを形成して溶液に残り(=ろ液(ハ))、Fe及びCuは難溶性の水酸化物となって沈殿します (=不溶物(ロ))。

 不溶物(ロ)に存在するCu及びFeの水酸化物は、次の操作(b)によって塩酸と中和反応を起こして対応する塩化物になります。Cu及びFeの塩化物は水に溶けやすいためいずれもろ液(=ろ液(ホ))に残るものと思われます。

 一方で、SiO2は殆どの化学変化に安定であるとされていますが、強塩基及びフッ化水素とは反応します。前者について、SiO2は水酸化ナトリウムと反応して水溶性のケイ酸ナトリウムを生じる為、SiもZnやAlと同様に最初の操作(a)にて除かれ、ろ液(ハ)に存在するものと考えられます。

 本問では特に問われていませんが、残る金属のうちAgについては操作(a)にて酸化銀(I)として不溶物(ロ)に存在し、最終的にAgClの形にて不溶物(へ)として除かれていると考えられます。

問イ: BaSO4 及び RaSO4

 途中での状況はさておいて、ろ液(ト)ではCa, Ba, Raのアルカリ土類金属はいずれも2価の陽イオンとして存在しているはずです。

 そして、硫酸を加えることでCa及びBaは難溶性の塩として沈殿します。Raに関しては知らない受験生が殆どだと思いますが、Raもアルカリ土類金属である為Ca及びBaと化学的性質が似ていることを考えれば、やはり硫酸塩として沈殿していると考えるのが自然です。

問ウ: 反応式 RaCl2 + 2AgNO3 → Ra(NO3)2 + 2AgCl  
Raの原子量: 226

(計算)
 AgCl = 143.5 より、回収されたAgClは (96.6 x 10-3)/143.5 = 6.732 x 10 molであるので、反応で消費されたRaCl2は(6.732 x 10-4) ÷ 2 = 3.366 x 10-4 molである。
 Raの原子量をMとするとRaCl2の式量は(M + 71)であるので、先に求めた消費されたRaCl2の物質量から 3.366 x 10-4 x (M + 71) = 100 x 10-3 ⇔ M ≒ 226 を得る

 塩化ラジウムの反応に関する知識がなくとも、塩化銀の形成によって余ったイオン同士をくっつければ自然にRa(NO3)2が生じることが推測できます。

 Raの原子量についても計算こそ面倒ですが内容自体は単純な比例計算ですので、以降の問題の難易度を考えるとなるべくなら食らいついていきたい所です。

 キュリー夫妻がラジウムを新元素として報告するにあたり、その原子量の決定は必須事項でした。但し、文献によれば本問のような化学反応に基づいたものではなく(貴重な120 mgのサンプルのうち100mgを使う実験が出来ないのは当然ですが)、純粋な塩化ラジウムのスペクトル分析によって行ったとされています。

 ちなみにその際得られた原子量は225であったとされ、本来の原子量226と比べて1だけ小さな値となっています。

問エ: ろ液(ト)におけるRa2+濃度は極めて低く、単独では硫酸処理後も硫酸塩が十分に沈殿しないと考えられる。そこでRaと化学的性質が類似したBaの塩化物を添加する事でBa2+濃度を高め、硫酸処理により溶液中で電離しているRaの硫酸塩を大量のBaの硫酸塩と共に共沈させる。

 硫酸ラジウムは硫酸バリウムと同様に難溶性の塩ですが、僅かながらに水に溶け、その溶解度は20℃の時水100gあたり約0.2 mgです。1tの鉱石を処理する事で得られるろ液は相当量になるはずですので、Ra2+濃度は極めて低く硫酸塩としての回収率が十分でない恐れがあります。

 Ra2+と性質が良く似たBa2+が大量に共存している場合、硫酸処理によって大量の硫酸バリウムが沈殿しますが、この際に単独では沈殿しない量の硫酸ラジウムが、硫酸バリウムに引きずられる形で沈殿する現象が起こります。

 これは共沈法と呼ばれる手法であり、現在においても工業排水中に含まれる微量のヒ素や重金属イオン、あるいは放射性廃液から放射性元素を沈殿として除く目的で利用されています。

 共沈法の原理については諸説ありますが、今回の場合は大量の硫酸バリウムが沈殿する際に溶液中のRa2+が取り込まれる為とされています。

 しかしながら、問題文の記述から受験生が共沈現象に言及できるかは甚だ疑問であり、本問の正答率はかなり悪かったのではないかと推測されます。

問オ: Ra2+ + 2e → Ra

 Raは他のアルカリ土類金属と同じくイオン化傾向が大きいため(第一イオン化エネルギーはナトリウムと同程度)、白金電極などを用いた通常の電気分解の場合陰極ではRa2+の代わりに水が還元されて水素が発生します。

 しかしながら、本問では電気分解によってRaアマルガムを生じているとの記述があるため一般的な水素の発生反応ではなく、Ra2+ + 2e → Raという一見不可解な反応が進行したと考えざるを得ません。

 実は、陰極における水素発生反応のエネルギー障壁は電極の種類によって異なっており、水銀を使用した場合そのエネルギー障壁は最大となります。従ってこの時は、熱化学的に有利な水素発生反応ではなく速度論的に有利なRa2+還元反応が進行したことになります。

 本法は水銀陰極電解法などと呼ばれていますが、近年では水銀による環境汚染の観点などから余り使用されていないようです(現在では融解塩電解が主流)。

 当然こうした背景を知っている受験生は僅かであり、あくまで電気分解によってRaの単体が生じたという本文の記述から反応式を推測することになります。なお、陽極では通常通り塩化物イオンが酸化されて塩素が発生します。

問カ: アマルガムを加熱して水銀を蒸発させることで、純粋なRaを得た。

 常温で液体であることからわかる通り、水銀の沸点は約356℃と金属としては極めて低く(ちなみにRaの融点は700℃で沸点は1737℃)、アマルガムを加熱することで水銀だけを蒸発させて純粋なRaを得ることが出来ます。

 考え方としては食塩水から水を蒸発させて純粋な食塩を取り出す状況と殆ど同じ訳ですが、アマルガム合金という余り馴染みの無い物質を前にすると答えにたどり着くのは難しいかもしれません。

 Raの他にも水銀は様々な金属種とアマルガム合金を形成します。特に金を水銀に溶かしたアマルガム合金は純金と異なり常温で液体であり、銅や青銅に薄く塗布した後で加熱して水銀を除くことで金鍍金加工を行うことが出来ます。

 このような鍍金法は日本では古墳時代から用いられ、各種大仏を鍍金する際にも使用されていたようです。

コメント

 科学史的には非常に面白い本題ですが、受験生にとっては馴染みの薄い実験操作や考え方が多く、難易度は総じて高めと言えます。

 とりわけ問エの共沈現象、問カのラジウム単離に関する記述は相応の発想力が問われ、問オの水銀電極におけるラジウムの還元は式こそ単純ですが、試験場では疑心暗鬼に陥りそうな問題です。

 一方で問ウまでは標準的な無機化学のレベルを逸脱はしておらず、何とかこの辺りで得点を確保しておきたいところです。

 ちなみにキュリー夫妻が1902年に行った実験は塩化ラジウムの単離までであり、水銀電極を用いた金属ラジウムの単離はノーベル物理学賞受賞後の、1910年に行われたものです(この時既に夫ピエールは事故により他界)。

 この翌年の1911年にマリ・キュリーは放射性元素ラジウム及びポロニウムの発見と、ラジウム単離に関する一連の研究が認められ、今度はノーベル化学賞を単独受賞しています。

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

新元素ラジウム発見の歴史 (1995年 東大 化学第2問)」に2件のコメントがあります

  1. 科学史を意識した実に東大らしい出題だと思います。

    しかし、後半部分の共沈や水銀の性質に関する問題はかなりマニアックですね( ˘ω˘ )

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