メタセシス反応による化合物の変換 (2018年 和歌山県立医大 化学)

 医学部や旧帝大など難関大の有機化学では、高校の範囲外の反応を問題文中で取り上げて利用させるタイプの問題が良く出題されます。

 2018年に和歌山県立医大で出題された本題もそうしたコンセプトの問題の一つであり、メタセシス反応による有機化合物の変換を取り扱った内容になっています。

 メタセシス反応はオレフィンメタセシスとも呼ばれ、「位置を交換する」というギリシャ語に由来します。その名の示す通り、本反応は他の有機反応では達成する事が難しい炭素-炭素結合の組み換えを引き起こす為、有機合成の戦略上きわめて重要な地位を占めています。本反応については2005年に、関連する3人の科学者がノーベル化学賞を受賞しています。

解答・解説

問1: 下図参照

 分子式C4H8Oから化合物Bの不飽和度は1であり、従って二重結合か環構造を1つだけ持ちます。そして特徴②及び③から化合物Bは炭素-炭素二重結合を1つだけ持つことが分かり、加えて特徴①からアルコールであることが分かります。

 ここまでの情報から、化合物Bの候補として以下の5つの構造が挙げられます(問題文の[注3]より、幾何異性体は区別するが、光学異性体は区別しない)。

特徴①-③を持つ化合物は5つ

 このうち不斉炭素原子を持つのは一番左の場合のみなので、これが化合物Bの構造となります。

問2-(a) 4種類

 先にも述べた通り特徴①-③を満たす構造は全部で5種類あり、このうち特徴④を満たさないものは化合物B以外の4種類となります。

 下図のような二重結合に直接ヒドロキシル基が結合した化合物はエノールと呼ばれ、大半は化学的に不安定で対応するアルデヒドやケトン類へと変換されます(実際には化学平衡の関係にありますが、フェノールなどの一部の例外を除いて平衡がカルボニル側に著しく偏っています)。

二重結合にヒドロキシル基が結合した化合物(エノール)の多くは極めて不安定

 
 本問では、このようなエノール化合物を答えに含めるか否かの明確な指定はありませんが、特徴①を示さない(アルコールとして存在できない為に、金属ナトリウムと反応しない)と考えて除外しています。

問2-(b): 問1における図を参照

 問1で挙げた5つのアルコールのうち、直鎖状(炭素鎖が分岐しない)かつ幾何異性体を持たないものは左から2番目の構造式のみなので、これを解答とします。

問2-(c): 下図参照

 化合物DはC=C結合を持つため、水を付加させると2種類の2価アルコールを生じます。問題文の通り1つは不斉炭素原子を持たず、もう一方は不斉炭素原子を持つので化合物EとFの構造は以下の通り決定されます。

 問2-(d): 下図参照

 化合物Gは特徴③を満たさないことから、環状化合物であることが分かります。化合物Gの不飽和度は1なので、この時点で不飽和結合を持たない単環性化合物であることが分かります(従って特徴②も満たさない)。

 更に特徴①を満たさないことから化合物Gはアルコールではなく、この時点で環状エーテル化合物であることが分かります。

 この時点では化合物Gとしてまだ複数の候補が考えられますが、「化合物Eの分子内脱水で生じる」というヒントから、下図のような5員環エーテルであると分かります(これは不斉炭素原子を持たない為、特徴④を満たさない)。

化合物Gは化合物Eの分子内脱水によって生じる

 化合物Gはテトラヒドロフラン(THF)と呼ばれ、エーテルである為反応性が低い上に様々な有機化合物を溶かすことが出来るため溶媒として高い需要があります。

問3: (a) 化合物B
(b) エーテルである化合物Gで作用する分子間力はファンデルワールス力のみであるが、ヒドロキシル基を持つ化合物Bではファンデルワールス力に加えて分子間水素結合が形成される。従って両者を比較した場合、その分子間力は化合物Bの方が強く沸点も高いと考えられる。

 分子量が同じ化合物の場合、沸点は分子間力が強いほど高いとされています。互いに異性体であるアルコールとエーテルの沸点に関する論述は最頻出問題であり、一般にはファンデルワールス力しか持たないエーテルと比べ、分子間水素結合を形成するアルコールの方が沸点は高くなります。ちなみに化合物Bの実際の沸点は約114℃、化合物Gの実際の沸点は66℃です。

 なお、化合物Gの沸点は分子量がほぼ同じであるジエチルエーテル(沸点は約35℃)と比べて約30℃程高くなっています。これは化合物Gが環状構造を取っている為に分子内の電荷の偏りが増大し、結果としてジエチルエーテルよりも大きなファンデルワールス力を示す為とされています。

問4: (a) 最も速い組 → 酢酸とNa 最も遅い組 → 化合物BとMg
(b) 水素の発生は金属と水素イオンの間で起こる酸化還元反応の結果であり、イオン化傾向が大きい金属であるNaを用いた場合Mgに比べ反応は加速する。また、化合物Bの持つヒドロキシル基と酢酸の持つカルボキシル基では、後者の方がより強い酸であり電離しやすいため、酢酸を用いた場合反応が加速される。

 金属と酸が共存する場合、水素イオン(H+)と金属単体の間で酸化還元反応が起こり水素ガスと対応する金属イオン(と酸由来の陰イオンが結合した塩)が発生します。この酸化還元反応の速度に影響を与える主な要素は「金属のイオン化傾向」及び「酸の強さ(電離度の高さ)」の2つです(但し、アルミニウムと濃硝酸など不動態を形成する組み合わせについてはこの限りではない)。

 金属のイオン化傾向はMgよりもNaの方が大きいため、後者の方が反応は速くなります。お馴染みのイオン化傾向の表に登場する金属の中でアルコールと室温で反応するのは、基本的にLi, K, Ca, Naの4種類です。

Li > K > Ca > Na > Mg > Al > Zn > Fe > Ni > Sn > Pb > (H) > Cu > Hg > Ag > Pt > Au

 有機酸は一般にアルコール<(水)<フェノール<(炭酸)<カルボン酸<スルホン酸の順に酸性が強くなるので、今回の場合は酢酸を使用した場合の方が反応が加速されます。

問5、問6: 下図参照

化合物A, C, Hの構造式 + α

 分子式がC4H4O4である化合物Cは、既に三回目の登場となるマレイン酸とフタル酸のいずれかです(詳解は前記事: https://matsubushi.com/2020/02/29/構造構造また構造-2020年-京大化学-第3問/)。

 今回は脱水により酸無水物H(無水マレイン酸)を生じるので化合物Cはシス型のマレイン酸となります(上図参照)。

 更に問題文の冒頭から、化合物Aは1分子のマレイン酸と2分子の化合物Bがエステル結合を介して縮合していることが分かり、上図のような構造式になります。

問7: 下図参照

 ここまでは基礎~標準レベルの問題が続いていましたが、ここからいよいよ「真打」メタセシス反応が登場します。

 化合物Aには3つのC=C結合が存在していますが、マレイン酸のC=C結合に対して対称な構造である為起こりうる二重結合の組み換えは

① 化合物B由来のC=C結合どうしによる組み換え
② 化合物B由来のC=C結合と、マレイン酸由来のC=C結合による組み換え

 のいずれかとなります(下図参照)。

メタセシス反応を起こすC=C結合には2種類の組み合わせが存在する

 まず、状況①におけるメタセシス反応を考えます。元々C=C結合を形成している炭素原子に対して以下の通り1-4まで番号を付けて、最初は炭素1と炭素2, 炭素3と炭素4がそれぞれ二重結合を形成していると考えます(原文中の図3と同じ)。

 これに対して、反応a (炭素1と炭素3、炭素2と炭素4が新たにC=C結合を形成する)が起こった場合、以下のような10員環ジエステル化合物(イ)とエチレン(ウ)が生成します。一方でメタセシス反応b (炭素2と炭素3, 炭素1と炭素4が新たにC=C結合を形成する)が起こった場合は、出発物である化合物A(エ)に戻ってしまいます。

状況①において起こり得る2種類のメタセシス反応(反応bでは反応の前後で見かけ上の構造に変化はない)

 一方状況②におけるメタセシス反応についても2通り(反応c、反応d)が考えられ、反応cにおいては5員環の環状エステル(イ)及び、鎖状エステル(ウ)が生じます。

 反応dでは反応bのように出発物である化合物Aに戻るようなことはなく、化合物Aの構造異性体に当たる鎖状のジエステル(エ)が生じます(本文[III]より二重結合は全てシス型となります)。

状況②において起こり得る2通りのメタセシス反応

 従って化合物Aに対するメタセシス反応で生じうる化合物は、反応a, c, dによって得られる5種類で、これらが本文中のI~Mに相当します。

 このうちI, Jは環状化合物であり、分子量はIよりJの方が大きいため化合物Iはメタセシス反応cによって得られる5員環エステル、化合物Jはメタセシス反応aで得られる10員環ジエステル化合物になります。

 また、化合物Kは化合物Aの構造異性体である事からメタセシス反応dにより得られ鎖状のジエステル化合物であることが分かります。

 本問では問われていませんが、化合物Lは反応cで化合物Iと共に得られた鎖状のエステル化合物、化合物Mは反応aで化合物Jと共に得られたエチレンとなります。

コメント

 ノーベル賞にもなったメタセシス反応を大学入試に落とし込んだ意欲的な問題ですが、予備知識を持たない受験生が制限時間内で反応の全容を理解するとなると厳しいものがあります。

 また、反応を理解できた場合でも炭素数が多い化合物Aの構造式を、メタセシス反応に適する形に書き換え、生成物の構造を記述する作業も中々に難儀させられます。

 とはいえ問6までは医学部入試としては基礎~標準レベルなので、現実的には問6まで解いたら他の問題へ移り、時間に余裕がある or 有機化学に自身がある場合のみ問7に着手することになったのではないかと思われます。

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

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