環状ジペプチドの構造決定 (2018年 東大化学 第1問)

 大学入試の構造決定問題にて登場するペプチド化合物は基本的に直鎖状のものが多いですが(芳香族アミノ酸やプロリン中の環構造は除く)、天然物或いは合成品として知られるペプチドの中には分子内ペプチド結合を介して新たな環構造を持つものが多数存在します。

 ジペプチドが分子内脱水を経て生じるジケトピペラジンは、こうした環状ペプチドの中でも最も単純なタイプですが、受験生にとってはあまり馴染みは無いものと思われます。

 例年の東大化学は各大問が更に2つの独立したパートに分かれていましたが、この年の第1問は本問のみで構成されており、小問の数も多めに設定されています。

解答

ア: 2CH3CH2OH + 2Na → 2CH3CH2ONa + H2

 アルコールやフェノールなどのヒドロキシル基を持つ化合物は、ナトリウムをはじめとするイオン化傾向の高い金属と反応してアルコキシド(フェノキシド)となり、同時に水素を発生させます。本問は教科書レベルの基本問題であり、東大受験生であれば決して落とせません。

イ: ①(システイン)と⑥(メチオニン)

 酢酸鉛(II)水溶液中に存在する鉛(II)イオン(Pb2+)は、硫化物イオン(S2-)と反応して硫化鉛(II)の黒色沈殿を生じます。

 硫黄を含むアミノ酸を適切な反応で分解させると硫化物イオンが生じる為、本反応は含硫アミノ酸の検出にも利用されます。よって下線部(ii)から導かれるアミノ酸は硫黄原子を含む①(システイン)及び⑥(メチオニン)と考えられます。

 本問も教科書レベルの問題なのですが、メチオニンはシステインに比べて分解しづらく、硫化物イオンも生じにくいため、酢酸鉛反応に陽性であるか否かが参考書によっては曖昧だったりします。

 ナトリウムによる加熱融解はかなり強力な分解反応である為、今回はメチオニンについても硫化物イオンを生じたと仮定して一旦話を進めます(後述する問クの答えから、メチオニンも答えに含まれることが保証されます)。

ウ: ④ (チロシン)

 塩化鉄(III)はフェノール性の水酸基を検出する為の呈色試薬であり、条件を満たす側鎖構造は④(チロシン)のみです。本問も基本問題であり落とせません。

エ: (a) ジスルフィド結合(S-S結合) (b) 還元

 与えられた①~⑧の残基のうち、システイン側鎖のみが還元性を示し酸化剤である過酸化水素と反応してジスルフィド結合(S-S結合)を形成します。S-S結合の形成は可逆反応であるため、何らかの還元剤で処理することで元の還元型システインへと戻ります。

 問イより化合物Aは含硫アミノ酸を持つことが分かっており、結果として化合物Aを構成するアミノ酸の1つがシステインであることが分かります。

酸化還元反応によるジスルフィド結合の形成

オ: Aの立体異性体 → 3つ Bの立体異性体 → 2つ

 上述の通り化合物Aを構成するアミノ酸の一つはシステインです。残る一つのアミノ酸は実験3の結果(キサントプロテイン反応)から芳香族アミノ酸であり、実験4で塩化鉄(III)に対して呈色しなかったことから⑤(フェニルアラニン)であると分かります。

 化合物Aのアミノ酸は全てL体であることから、化合物Aの構造は下図左で与えられます。化合物Aは2つの不斉炭素原子を持つためA以外の立体異性体は3種類(A-1, A-2, A-3)が考えられます。なお、AとA-1及びA-2とA-3は互いに鏡像異性体(エナンチオマー)の関係にあります。

化合物Aとその立体異性体の構造式


 一方の化合物Bは実験1と実験4の結果からチロシン2分子が縮合したジケトピペラジンであることがわかり、いずれもL体なので構造は下図左のように与えられます。

B-2aとB-2bは互いに同じ化合物である

 
 化合物Aの場合と同様、化合物BもB以外に3つの立体異性体を持つように見えますが、下図のB-2a及びB-2bは実は同一化合物です(一方を180°回転させると分かります)。従って、実際には2つの立体異性体を持つことになります。

 B-2a/B-2bのように分子内に不斉炭素原子を持つにもかかわらず、光学異性体を持たない化合物は「メソ体」と呼ばれます(従って旋光性を示さない)。

 メソ体が絡んだ立体化学に関する問題は難関大学の有機化学でしばしば出題され、類題経験が出来を左右する問題と言えます。なお、本問に解答するだけであれば化合物A及びBの側鎖や絶対立体化学を決定する必要はありません。

カ: 下図参照

 化合物Bを加水分解するとチロシンが生じ、側鎖中のベンゼン環は臭素と置換反応を起こします。置換反応が起こる位置は、置換基の持つ配向性によって決定されますが、チロシンの場合フェノール性水酸基が強力なオルト・パラ配向性を示す為、オルト位の2か所に臭素が導入されたものが化合物Eと考えられます。

チロシンの臭素化反応

キ: (炭素原子の個数): (水素原子の個数) = 5 : 9

(途中式): 二酸化炭素66 mgに含まれる炭素原子は18 mgであり、水24.3 mgに含まれる水素原子は2.7 mgである。これらをそれぞれ炭素と水素の原子量で割って比を取ることで、5 : 9 を解として得る。

 化合物Cの炭素と水素の組成比を求める基本問題であり落とせません。問クに対するヒントとしての意味合いが強い問題です。

ク: ⑥(メチオニン)と⑦(バリン)

 問キの答えから化合物Cに含まれる炭素の数は5の倍数です。また実験3より芳香族アミノ酸である④(チロシン)及び⑤(フェニルアラニン)を含まず、実験2の結果より①(システイン)または⑥(メチオニン)の少なくとも一方を含みます。

 ジケトピペラジンの基本骨格(側鎖以外)の炭素原子及び水素原子はC4H4で与えられ、④及び⑤以外の側鎖中に含まれる炭素及び水素原子の個数はそれぞれ①CH3 ② C2H5 ③ C2H3 ⑥ C3H7 ⑦ C3H7 ⑧ C4H8 で与えられます。

 化合物Cが①(システイン)を含むと仮定した場合、もう一方の残基をどのように取っても合計の炭素数は6~9の間であり5の倍数となりません。

 一方化合物Cが⑥(メチオニン)を含むと仮定した場合、もう一方の残基を⑦(バリン)とした時のみ炭素数は5の倍数(=10)となり、この時水素数は18であり問キで求めた炭素原子と水素原子の組成比とも一致します。

ケ: ③と⑧
理由: 化合物Dは中性付近で双性イオンとして存在し、電気的に中性となっている為

 実験9から化合物Dは塩基性条件で負に帯電(=陽極に移動)することが分かります。ジケトピペラジンの側鎖以外の基本骨格は電気的に中性(帯電しない)ので、側鎖に何らかの酸性官能基を持つことが分かり、これに該当するのは③(アスパラギン酸)のみです。

 更に化合物Dは中性付近では陽極へも陰極へも動かず、電気的に中性であることが分かります。従って化合物Dは中性条件では双性イオンの形を取っていると考えられ、もう一方のアミノ酸残基は塩基性アミノ酸である⑧(リジン)であると分かります。

塩基性条件と中性条件における化合物Dの電荷状態

コ: 下図参照

 化合物Dに存在する官能基のうち、アミノ基は無水酢酸と反応してアセチル化されるため、化合物Fの構造式は以下の通り与えられます。アセチル化反応によってアミノ基は電気的に中性なアミドに導かれる為、化合物Fが化合物Dと異なり中性条件でも陽極へと移動することも説明出来ます。

 本問は問ケが出来た受験生にとってはサービス問題と言える内容となっています。

コメント

 題材は目新しいですが、扱われる内容は各種のアミノ酸検出反応や電気泳動など基本的な内容が中心です。問オ、問クなど一部発展的な内容を含みますが、東大受験生であれば最低7割、化学を得点源としている受験生は満点近い点数が要求される内容です。

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

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