鮒寿司の化学 (2020年 滋賀医科大学・化学)


 約5か月ぶりの更新となってしまいました。

 今回扱うのは滋賀県の郷土料理として知られる「鮒寿司」を題材とした化学の問題で、今年の滋賀医科大学より出題されました。

 鮒寿司はその独特な味と香りから現在では高級珍味として扱われることもあり、その成分研究は古くから進められています。

解答

問1: ① マルトース ② グルコース

 デンプンはα-グルコースが多数結合した多糖類であり、通常は酵素アミラーゼによって二糖類であるマルトース(麦芽糖)へと分解され、マルトースは更に酵素マルターゼによって単糖類であるグルコースへと分解されます。

 本問は糖類に関する極めて基本的な知識問題であり、絶対に落とせません。

問2-(1): CH2O

 元素分析に関する基本問題。

 計算は割愛しますが、燃焼により生じた二酸化炭素及び水の質量から化合物 33.0 mgに含まれる炭素原子及び水素原子の質量は、それぞれ13.2 mg 、2.2 mgです。

 化合物A及びBはいずれも炭素、水素、酸素のみから構成されるため、残りの質量は全て酸素原子由来であり、その質量は17.6 mgとなります。

 後は各原子の質量を原子量で割ることで物質量比が定まり、化合物A及び化合物Bの組成式としてCH2Oを得ます。

問2-(2): 化合物名 – 乳酸 構造式 – 下図

 前問で決定した組成式から化合物A及びBの分子式は (CH2O)n の形となります。加えて、本文の実験(i)でA及びBが炭酸水素ナトリウム水溶液と反応して気体(= 二酸化炭素)を発生させることから、これらがカルボン酸であると推測されます(すなわち、酸素原子が2つ以上存在するため、n = 1となることは無い)。

 上記に加えて、化合物A及びBの分子量は100以下であるため nが4以上になることは無く、結局 n = 2 或いは n = 3 である事が分かります。更に問題文より化合物Bの分子量は化合物Aより大きいことが分かっている為、結局化合物Bの分子式は n = 3としてC3H6O3、化合物Aの分子式は n = 2としてC2H4O2となります。

 よって分子式C2H4O2でカルボキシル基を持つ化合物Aは、酢酸であると分かります(この事実は次の問題で使用します)。

 一方、分子式C3H6O3で与えられる化合物には多数の構造異性体が存在しますが、不斉炭素原子とカルボキシル基の両方を持つ化合物は下に示す乳酸のみです。

乳酸の構造式と不斉炭素原子

 乳酸の構造式及び分子式は入試では頻出であり、覚えておいて損はありません。

問2-(3): (ア) R-N+(CH3)3Cl + CH3COOH → R-N+(CH3)3CH3COO + HCl
(イ) R-N+(CH3)3CH3COO + NaOH → R-N+(CH3)3OH + CH3COONa

 ポリスチレン樹脂にトリメチルアンモニウム基(-N+(CH3)3)を導入したものは、陰イオン交換樹脂と呼ばれており、この樹脂を充填したカラムに塩基、酸及び塩などの水溶液を通じることによって、水溶液中で電離した陰イオンと樹脂に結合している陰イオンの間で交換反応が起こります。この現象はしばしば有機酸やアミノ酸の分離精製に利用されます。

 今回の化合物A(酢酸)を例にとると、まず酢酸を含む溶液を樹脂に通すことで樹脂に結合している塩化物イオンと、溶液中で電離している酢酸イオンの交換反応が起こります(反応ア)。この操作によって溶液中に含まれる多様な有機化合物のうち、酢酸(など他の有機酸)のみが選択的に樹脂に結合し、樹脂に吸着せず溶出する他の中性・塩基性成分と分離されます。

 続いて、酢酸イオンが結合した状態の樹脂に大量の水酸化ナトリウム溶液を流すことで、酢酸イオンと水酸化イオンの間で更なるイオン交換反応が起こり、最終的に酢酸(などの有機酸)がナトリウム塩の形で溶出します(反応イ)。

 基本的には同様の陰イオン交換反応を書き並べるだけの問題ですが、イオン交換樹脂に苦手意識を持っている受験生にとっては辛い一問だったかもしれません。

問3: Gの名称 – 1-ブタノール 構造式 – 下図参照

 標準的な有機低分子の構造決定問題です。問題文中に幾つか化合物が登場しますが、まずは具体的に正体が分かっている1-ブテンから考えるのが得策です。

 問題文より化合物Gはアルコールであり、分子内脱水によって1-ブテンを生じることから下図の通り1-ブタノールか2-ブタノールのどちらかとなります。一方化合物Cは化合物Gの酸化によって得られ、これまでの議論からカルボン酸である事は分かっているので化合物Gは1級アルコールであることが分かります。

 従って問題文を満たすアルコールGは1-ブタノールであり、その酸化によって得られる化合物Cは酪酸となります。

 本問はいわゆる「C4H10O」型アルコールに関する典型的な問題であり、受験生の層を考えると短時間で完答したい問題です。なお、本問で登場した酪酸は銀杏や蒸れた足の悪臭成分として知られており、鮒寿司における「臭さ」の主要因となっています。

問4-(1): 4.6 g

 「果実のような香り」「希塩酸処理によって加水分解される」という記述から化合物Eはエステル化合物であることが推測されます。化合物Eがエステルであると仮定した場合、化合物Bが乳酸であることと併せて次のような反応が進行します。

C5H10O3 (化合物E) + H2O → C3H6O3 (化合物B) + C2H6O (化合物D)

 分子式より化合物Dはエタノールであると考えられます(ジメチルエーテルはエステルの構成成分とならない)。エタノールは以下の通り、グルコースの分解(アルコール発酵)によっても生じ、問題文の記述とも矛盾しません。

C6H12O6 (グルコース) → 2C2H6O + 2CO2

 グルコースの分子量は180、エタノールの分子量は46なので、9.0 g のグルコースが上の反応によって全てエタノールになったとすれば、その収量は4.6 gとなります。

 試験場では「化合物Dがグルコースの発酵で生じる」という記述からエタノールの存在を思い付くことが肝要です。

問4-(2): 下図参照

 上述の議論より、化合物Eは以下に示す乳酸とエタノールのエステルであると推測されます。前問が出来た受験生にとってはサービス問題です。

化合物Eの構造式

問5-(1): 下図参照

 化合物Fの不飽和度を考えると、ベンゼン環以外に不飽和結合や環構造を持たないことが分かります。加えて化合物Fの脱水反応を経て得られる化合物Hが臭素水を脱水した事実から、化合物Hはアルケン構造を持つと推測されます。

 以上より、化合物Fとしては以下に示す2通りのアルコールが考えられます。

 これ以外のアルコールからはアルケン化合物を生じることは無く、分子式的にも矛盾はありません。

問5-(2): (ア) – ヨードホルム反応
(イ) – 化合物Fを水中で過剰量の水酸化ナトリウム及びヨウ素と反応させる
(ウ) – 黄色沈殿が生じた場合F2であり、生じなかった場合F1である

 F1及びF2は互いに類似したアルコールですが、F2の持つ「CH3CH(OH)-」の部分構造はヨードホルム反応に対して陽性です。従ってヨードホルム反応によって化合物Fからヨードホルムの黄色沈殿が生じればF2, 生じなければF1となります(問5-(1)でF1とF2を逆に解答している場合、当然逆の結果になります)。

 化合物の構造解析に関する基礎的な問題であり(ア)及び(ウ)を解答できた受験生は多いと思われます。一方で(イ)に関しては、いざ正しい実験手順を問われると手が止まってしまった受験生も多いのではないかと思います。

 なお本問では化合物Fの構造に関して結論が出ていませんが、文献によれば鮒寿司からは香り成分としてF1が検出されているようです。

問5-(3): 下図参照 (9種類)

 化合物Fの構造異性体がフェノール性水酸基を持つ場合、残りの置換基はエチル基が1つかメチル基が2つとなります。

 前者の場合は二置換ベンゼンでありオルト、メタ、パラの3種類が考えられます。後者の場合は三置換ベンゼンとなる為少々事情が複雑ですが、下図に示す通り6種類の異性体が考えられます。従って条件を満たす構造異性体は全部で9種類あります。

 丁寧に数え上げていけば決して難しい問題ではないのですが、本番では数え漏らしや重複が出てしまいそうな雰囲気があります。

コメント

 題材はユニークですが問われている知識は基礎~標準的であり、登場する化合物もシンプルな構造が多いため、医学部受験者であれば最低8割程度は解答しておきたい所です。

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

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