池田菊苗とグルタミン酸 (2013年 東大・化学)

 

 本問は東大ゆかりの化学者である池田菊苗、高峰譲吉、上中啓三の業績にスポットを当てた内容となっており、前半は昆布のうまみ成分として池田菊苗により同定されたグルタミン酸とその分離に関する出題です。

 本来は本記事で前後半について一気に紹介する予定でしたが、思いのほか文章が長くなってしまったためまずは前半部分のみ紹介です。

 内容自体はアミノ酸の電気泳動や陽イオン交換カラムクロマトグラフィーに関する標準的なものですが、とある理由により一筋縄ではありません。

解答

キ: 等電点 (電荷)  ク: (4)

 アミノ酸のように同一分子内に正に帯電する官能基と、負に帯電する官能基を両方持つ分子は水中で陽イオン、陰イオン、双性イオンの形を取ります。そして特定のpHでは、これらイオン種の電荷が釣り合い電気的に中性となります。

 このようなpHは「等電点」と呼ばれ、化合物ごとに固有の値を示すことからタンパク質やアミノ酸分析を行う際に良く利用されます。

 例えばグリシンやアラニンなど、側鎖に中性官能基を持つアミノ酸(中性アミノ酸)では、主鎖中のカルボキシル基とアミノ基のみが分子内電荷に寄与しており、下図のような電離平衡を取ります。双性イオン型Bの分子内電荷は0である為、等電点では陽イオン型Aと陰イオン型Cの存在比が等しくなっています。

アラニン(中性アミノ酸)の水中における電離平衡

 上図ではアラニンの電離平衡を示していますが、他の中性アミノ酸の場合も同様であり、等電点はいずれも弱酸性領域に収まっています(pH = 5.0 ~ 6.3)。

 一方でアスパラギン酸やグルタミン酸のような側鎖に酸性官能基を持つアミノ酸(酸性アミノ酸)では、側鎖のカルボキシル基の電離も考慮する必要があり、下図に示すような電離平衡が成立します。従ってグルタミン酸の等電点では、陽イオン型Aの正電荷と双性イオン型B2+陽イオン型Cの負電荷が釣り合う事になります。

グルタミン酸(酸性アミノ酸)の水中における電離平衡

 中性アミノ酸の等電点付近では、B2+Cに由来する負電荷量がAに由来する正電荷量を大きく上回る為、酸性アミノ酸は全体として負に帯電します。この為、酸性アミノ酸の等電点は中性アミノ酸と比較してより酸性側にシフトしており、例えばグルタミン酸及びアスパラギン酸の等電点はそれぞれ3.2、2.8とされています。

 逆に側鎖に塩基性官能基を持つアミノ酸(塩基性アミノ酸)の場合、下図のような電離平衡となる為、中性アミノ酸の等電点付近では正に帯電しています。従って塩基性アミノ酸の等電点は塩基性側にシフトします。

リシン(塩基性アミノ酸)の水中における電離平衡

 塩基性アミノ酸としてはリシン、アルギニン、ヒスチジンが該当し、それぞれ等電点は9.8, 10.8, 7.6となっています。等電点がほぼ中性である事からもわかる通り、ヒスチジン側鎖の塩基性は他の2種類と比べて弱く、大学入試では塩基性アミノ酸として扱われることは少ない印象があります。

 前置きが長くなってしまいましたが電気泳動法は等電点の違いを利用した荷電分子の分離手法であり、酸性、中性、塩基性アミノ酸の電気泳動による分離は頻出です。

 本問は酸性アミノ酸F(グルタミン酸), 塩基性アミノ酸G (リシン)及び中性アミノ酸H (セリン)について、pH = 4.0, 7.0, 11.0 の条件で電気泳動を行っています。それぞれのpHにおける各アミノ酸の帯電状況は、上述の等電点から以下の通りとなります。

各pHにおけるアミノ酸の帯電状況

 アミノ酸Fを他のアミノ酸と分離出来るのは pH = 4.0の時で、このときアミノ酸Fのみが負に帯電しています。負に帯電した化合物は電気泳動において陽極側に移動する為、空欄b及びcにはそれぞれ「4.0」及び「陽極」が入ります。

 問キは基本的な知識問題であるため落とせませんが、問クを解答する為には各アミノ酸の等電点を正確に把握しておく必要があります。グルタミン酸や中性アミノ酸の具体的な等電点を把握している受験生は多くないと思われ、見かけ以上に出来は悪かったのではないかと考えられます。

問ケ: 下図参照

 希塩酸水溶液のpHはグルタミン酸の等電点より小さいため、グルタミン酸の大部分は陽イオン型として存在しています。

 この際樹脂のスルホ基とグルタミン酸のアミノ基の間で塩が形成されるため、答えるべき構造式は以下の通りです。必ずスルホ基とアミノ基を隣接させて、この部分で結合していることが明確になるように答えます。

 強酸性条件(pH = 2.0)におけるグルタミン酸の構造は、仮に等電点の値を知らなかったとしても予測しやすいと思われます(陽イオン交換樹脂に吸着するという事実からも支持されます)。構造式も単純に2つの化学式をイオン結合に注意して並べるだけなので、何としても確保しておきたい問題と言えます。

問コ フラスコB → H フラスコC → G

 pH = 2.0の強酸性条件では全てのアミノ酸が正に帯電しており、操作1の段階では各アミノ酸はいずれも陽イオン交換樹脂に吸着されています。

 この状態でカラムにpH = 4.0の緩衝溶液を流すと、3種類のアミノ酸のうち等電点が4.0より小さいグルタミン酸(アミノ酸F)のみ電荷が正から負へと変化します。従ってグルタミン酸はこの段階で樹脂から離脱し、フラスコAへと溶出されます。

 続いてカラムへpH = 7.0の緩衝溶液を流すと、残る2種類のアミノ酸のうち等電点が7.0より小さなセリン(アミノ酸H)の電荷が正から負へと変化します。従ってセリンはこの段階で樹脂から離脱し、フラスコBへと溶出されます。

 最後にカラムへpH = 11.0の緩衝溶液を流すと、残るリシンの電荷が正から負へと変化しフラスコCへと溶出されます。

 イオン交換カラムクロマトグラフィーの原理と各アミノ酸の等電点を把握していた受験生にとっては標準的な問題といえますが、逆に各アミノ酸の等電点を予備知識として持たなかった受験生にとっては本問も問クと同様厳しい問題だったと言えます。

 問題文からはアミノ酸が含まれないフラスコや、複数のアミノ酸を含むのフラスコについても可能性を否定しておらず本問の難易度を上げる要因となっています。

コメント

 一見するとアミノ酸に関する標準的な問題ですが、アミノ酸の等電点を正確に把握していない受験生にとっては中々に辛いセットです。

 反面それぞれのアミノ酸の等電点を把握している受験生にとっては、論述や高度な思考力を要する問題が無いため手早く完答することが可能で、ややマニアックな予備知識が出来を分けるあまり東大らしくない問題と言えるかもしれません。

 いずれにせよ問キ及びケは標準レベルであり、ここを落とすと得点できる部分が無くなってしまいます。

 

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

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