アドレナリンの生合成経路 (2013年 東大化学)

 

 前記事では東大ゆかりの化学者池田菊苗によって、うまみ成分として同定されたグルタミン酸の性質に関する問題を紹介しました(https://wp.me/pbB1S2-jQ)。

 今回はその続きに当たる部分で、東大ゆかりの化学者である高峰譲吉と上中啓三の業績であるアドレナリンの発見にスポットを当てていますが、前問とは完全に独立した内容となっています。

 アドレナリンはホルモン及び神経伝達物質として生体内で合成される代表的な生理活性物質であり、20世紀初頭に高峰と上中によって血圧を上昇させる物質として、ウシの副腎より発見・結晶化されました。これは世界で初めてホルモンを抽出した例として大きな意義を持つ研究でありました。

 しかし、ほぼ同時期にアメリカの研究者が「エピネフリン」として同一物質を羊の副腎より発見したことから、第一発見者の座をめぐる大論争が起こりました。現在では高峰らがアドレナリン最初の発見者として認定されていますが、上記の背景から日本や欧州では「アドレナリン」、米国では「エピネフリン」と呼ばれる傾向にあるようです。

 本問はこうした歴史を持つアドレナリンの生合成経路に関する問題です。図3-5にある通りアドレナリンは体内でL-アミノ酸であるチロシンを原料として、4段階の反応を経て生合成されます。この際それぞれの反応は異なる4種類の酵素(E1~E4)によって触媒されており、本問の主題は各酵素の役割と中間体の構造決定となります。

 前記事のグルタミン酸関連の問題では、アミノ酸の等電点に関する予備知識が重要となりましたが、本問は逆に予備知識は殆ど要求されず問題文及び図から解答を導き出す思考力が重要になります。

解答

サ: E1 – (5) E3- (1) シ: 二酸化炭素 ス: 化合物J (構造式は後述)

 各酵素の役割を考える前に、まず出発物質であるL-チロシンと最終産物であるアドレナリンの構造を比較する事で、全体としてどのような変化が起こったかを考えます。

 まずL-チロシンの側鎖部分に着目すると、最終産物であるアドレナリンには新たに2つのヒドロキシル基が追加されており、1つはフェノール性、もう1つは二級アルコールを形成していることが分かります。

 続いて主鎖に着目すると、L-チロシンに存在したカルボキシル基は最終的に失われており、更にアミノ基がメチル化されていることが分かります。

 従ってL-チロシンからアドレナリンへと変換される過程で「ベンゼン環の酸化(フェノール性水酸基の導入)」「二級アルコールの形成」「カルボキシル基の脱離」「アミノ基のメチル化」という4つの反応が起こっています。そして酵素が4種類である事から各酵素がそれぞれの反応を1対1で触媒すると考えられます。

 続いてこの4つの反応の順番ですが、出発物、中間体、生成物の分子式を比較する事で各反応について以下の情報が得られます。

反応1: L-チロシンに酸素原子が1つ導入される (ヒドロキシル基の導入)
反応2: 化合物Iから炭素原子1つと酸素原子2つが失われる(カルボキシル基の脱離)
反応3: 化合物Jに酸素原子1つが導入される(ヒドロキシル基の導入)
反応4: 化合物Kに炭素原子1つと水素原子2つが導入される(アミノ基のメチル化)

 4つの反応のうち、反応2と反応4で起こった分子式の変化を説明できるのは「カルボキシル基の脱離」及び「アミノ基のメチル化」のみです。更に反応2では化合物Jと共に副生成物(空欄d)が生じますが、分子式の差から二酸化炭素と予測されます。

 事実、分子内からカルボキシル基を失う反応では二酸化炭素の放出を伴う場合が殆どであり。このことからカルボキシル基の脱離は「脱炭酸反応」とも呼ばれます。

 残るE1及びE3の機能はいずれもヒドロキシル基の導入である為、この段階では区別することが出来ません。そこで「I, J, Kのうち少なくとも1つは不斉炭素原子を持たない」という文章中の条件を考慮しつつ、場合分けを行います。

 まず、酵素E1が二級アルコール形成を触媒すると仮定した場合を考えます(上図)。この場合最初の反応で新たな不斉中心がヒドロキシル基の付け根に導入され、以降の反応で失われる事はありません。従って中間体であるI, J, K全てが不斉炭素原子を持つことになり、本文の記述と矛盾します。

 一方で酵素E1がベンゼン環の酸化を触媒すると仮定した場合、化合物IはL-チロシンに由来する不斉中心を持ちますが、続く脱炭酸反応によって不斉炭素原子を持たない化合物Jへと変換される為本文の記述と矛盾しません。その後化合物Jは二級アルコール形成反応によって不斉炭素原子を持つ化合物Kとなり、最終的にアドレナリンへと変換されます。

 以上のことから酵素E1は「ベンゼン環の酸化」、E3は「二級アルコールの形成」をそれぞれ触媒し、不斉炭素原子を持たない中間体として化合物Jが得られます。なお、化合物Jはドーパミンであり、自身も神経伝達物質として作用します。

コメント

 前問から一転して、思考力重視の東大らしい問題となっています。酵素反応と中間体の推測というコンセプトは2008年にも出題されていますが(https://wp.me/pbB1S2-iP)、本問はそれと比べると難易度はかなり抑えられています。

 とはいえ、本問も与えられた条件を最大限に利用して各酵素反応や中間体の構造を正確に予測する必要が有るため簡単ではありません。またそれぞれの小問が互いに関連している為、部分点を稼ぐことが難しく差が付き易かったと思われます。

 但し、問シについては前後の分子式から答えを導くことは容易であるのでここだけは落とせません。問われているのは化学式ではなく化合物名なのでケアレスミスに注意が必要です。

 

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

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