ヘミアミナールと薬物代謝 (2014年 京都府立医科大)

 本問は3つの異なるトピックに関する文章および設問から構成されており、設問[1]はイミン及びヘミアミナールの化学的性質、設問[2]は薬剤の生体内代謝、設問[3]は神経伝達物質(アドレナリン)の生合成及び代謝に関する内容となっています。

 但し各設問は互いに関連しており、特に設問[1]で示されているヘミアミナール及びイミンに対する化学的性質の理解が、以降の設問を解答する上で極めて重要なります。

設問1

 
 イミン及びヘミアミナールは多くの受験生にとって初めて見る構造であった思われますが、一般にアミンとケトン(アルデヒド)を適切な条件下で反応させることで得られる化学種です。

 式①に示す通りアミンとケトン(アルデヒド)が反応すると、まずヘミアミナールと呼ばれる1つの炭素原子にヒドロキシル基とアミノ基が結合した化合物が得られます。しかし、多くの場合このヘミアミナールは不安定である為、直ちに脱水反応が進行して炭素-窒素二重結合を持ったイミンへと変換されます。

 文章でも述べられているように一連の反応は可逆反応の為、条件次第ではイミンがヘミアミナールを経てアミンとケトン(アルデヒド)に分解される場合もあります。

答: a, b

 まず、反応①の化学平衡に関する記述(a, b, d)について考えます。本反応はヘミアミナールを中間体とした2段階の平衡反応ですが、ヘミアミナールは単独でケトン或いはイミンへと変換される為、1段階の平衡反応と同様にルシャトリエの原理に基づいて全体の平衡を考えることが可能です。すなわち、

・系中から水を除去すると水の発生を伴うイミン生成側に平衡は移る
・水が大過剰の場合は逆にケトン(アルデヒド)とアミン生成側に平衡は偏る
・平衡状態でアミンを追加すると、アミンを消費するイミン生成側に平衡は移る

 であると考えられ、記述a及びbは正しく記述dは誤りとなります。

 次にケトンAとアミンBから生成されるヘミアミナールに関する記述cを考えます。

ケトンAとアミンBから生じるヘミアミナールの窒素には水素原子が結合していない為、脱水を伴うイミン形成は進行しない

 
 式①を参照すれば、以下に示すヘミアミナールが生成すると考えられます。ヘミアミナールは通常脱水反応を起こしてイミンと平衡状態になりますが、この場合窒素原子に水素原子が1つも結合していない為イミンへと変換されません。従って記述cは誤りであると結論付けられます。

 最後にイミンCの形成に関する記述eについて考えます。

イミンCはアミンとケトンの分子内ヘミアセタール形成反応を経て生成される

 
 式①を逆向きに考えることで、上図の通りイミンCの原料が分子内にアミノ基とケトンを有する鎖式化合物であることが分かります。従って原料はアルデヒド基を持たず、記述eは誤りであると分かります。

 本設問はこの正誤問題1つだけですが、自信を持って解答する為には与えられたイミン及びヘミアミナールの化学的性質と化学平衡に関する正確な読解力が要求されます。しかしながら、本設問に対する理解が以降の設問に答える上で非常に重要となるため、結果として絶対に落とせない問題になります。

設問2

 設問2は実験室及び生体内で起こる酸化反応、とりわけ水酸化反応(ヒドロキシ基の導入)に関する内容となっています。一見設問1とは独立しているように見えますが、(ii)を答える上ではヘミアミナールの性質に関する正確な理解が求められます。

(i) 1: 濃硫酸 2: 水酸化ナトリウム 3: プロペン(プロピレン) 4: 下図参照 
5: 触媒 6: 活性化エネルギー

 空欄1-4までは実験室或いは工業的なフェノール製法に関する知識問題で、いずれも問われているのは教科書レベルの内容です。空欄5及び6は酵素の役割に関する知識問題ですが、こちらもやはり教科書レベルであり本問については完答が要求されます。

 なお空欄4に該当する化合物はクメンヒドロペルオキシドで、以下のような酸素-酸素単結合(ペルオキシ基)を持った構造式となっています。

(ii) 下図参照

 こちらが設問[2]のメインです。設問[1]で述べられている通り、ヘミアミナールはアミンとケトン(アルデヒド)の反応や、イミンの加水分解によって生じるのが一般的ですが、アミノ基に直接結合している炭素原子が水酸化(ヒドロキシ基の導入)を受けることで直接生じる場合があります。

 この場合も生じるヘミアミナールは不安定である為、式①に従って対応するイミンに変換されるか、ケトン(アルデヒド)とアミンに分解されます。

 まず、化合物Dとその酸化物であるD’について考えます。先述の通り化合物D’はヘミアミナールですが、窒素原子に直接結合している水素原子が存在しない為イミン形成は起こらず、下図に示す通りアミンとホルムアルデヒドへと分解されます。


 余談ですが、化合物Dはイミプラミンと呼ばれる化合物で抗うつ薬として上市されています。実はイミプラミン自体に薬効はなく、上述の代謝反応を経て生じる分解産物(デシプラミン)が、活性代謝物として機能します。

 一方で化合物Eの場合、酸化反応で生じたヘミアセタールには脱水反応を経てイミンになる経路とアンモニアとケトンに分解する二通りの経路が考えられます。


 一見イミンとケトンの両方が生じるように思われますが、生理条件下では水が大過剰で存在しており、設問[1]の結果から平衡はケトンとアンモニアを生じる方向に大きく偏っていると考えられます。従って答えるべき分解産物は上図の枠内となります。

 こちらも余談ですが、化合物Eは覚醒剤の一種であるアンフェタミンであり上の図は生体におけるその分解反応を示したものです。

 (i)は基本的な知識問題ですが、(ii)は設問[1]の内容を正確に理解していないと答えに到達できず苦戦した受験生も多いと思われます。

設問[3]


 最後の設問はチロシンから生合成される神経伝達物質とその分解に関する内容となっています。なお本問で扱われている神経伝達物質Zはアドレナリンであり、その生合成については2013年の東大化学で出題されたため、受験生によっては問題文からX, Y, Zの構造を予測できたかもしれません。

(i) 下図参照

 まずチロシンに酵素(I)が作用する事でベンゼン環が酸化され、フェノール性水酸基のオルト位にもう一つ水酸基が導入された化合物Fとなります。そして、化合物Fに酵素(II)が作用する事で炭素-炭素結合の切断が起こり、弱酸性の気体と共に化合物Xへと変換されます。

 
 問題文で提示された元素分析の結果から化合物Xの組成式はC8H11NO2であり、前駆体であるチロシンの窒素原子が1つであることを考慮すれば分子式も同一と考えられます。ここで化合物Fと化合物Xの分子式を比較すると、CO2に相当する分子量が化合物Xでは失われており、これまでの情報から化合物Fのカルボキシル基が脱離して二酸化炭素として放出されたものと推測できます。

 前年の東大化学でも登場した脱炭酸反応ですが、多くの受験生にとっては馴染みの薄い反応であり、問題文及び分子式の比較から予測する必要があります。

(ii) 下図参照

 続く酵素(III)は化合物Xの飽和炭素原子にヒドロキシ基を導入します。この段階では生成物として以下の化合物YとY’の2通りが考えられます。しかしながら、化合物Y’は不安定なヘミアミナール構造を持つ不安定な化合物であるため除外され、化合物Yの構造式は以下の通り定まります。

 続く酵素(IV)により化合物Yのアミノ基における水素原子の1つがメチル基に置換されるので、化合物Zの構造式も以下の通り確定します。


 なお、化合物X, Y, Zはそれぞれドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンです。

(iii): 下図参照

 最後は化合物Zの分解に関する出題です。問題文の通り、化合物Zの分解は酵素(V)による脱水素反応とそれに伴う二重結合の形成ですが、二重結合の位置の違いからG, G1及びG2の3種類が可能性として考えられます(シス-トランス異性体は考慮しない)。

 
 このうち化合物G2は二重結合に水酸基が直接結合した不安定なエノール化合物であり、速やかに対応する化合物H2へと変換されます。

 一方で化合物G及びG1はいずれもイミン化合物ですが、設問[2]-(ii)の場合と同様に生理条件下では化学平衡がケトン(アルデヒド)生成方向に大きく偏っています。従って上図で示している通り、G及びG1はいずれもヘミアミナールを経由して対応する化合物H及びH1へと分解されると考えられます(図では省略していますが、Hと共にメチルアミン、H1と共にホルムアルデヒドが生じています)。

 ここで問題文から化合物Hの分子量は化合物Zより15小さいという条件を考えることで、H1及びH2の可能性は除外され、化合物Hの構造が確定します。

 最後に化合物Hは酵素(VI)の働きによって分子量が16大きなカルボン酸である化合物Iへと変換されますが、これは単純なアルデヒドの酸化でありここまで到達できた受験生にとってはサービス問題と言えます。

 これまでの設問の集大成とも言うべき問題であり、これまでの設問で得た知見を最大限に活用する必要が有ります。化合物HからIへの変換は平易ですが、そもそも化合物Hの構造に辿り着けた受験生は一握りだったと思われます。

コメント

 設問[1]でイミン及びヘミアミナールという、受験生にとってはなじみの薄い化学構造に対する理解を問うたあとは、その知見を設問[2]では含窒素薬物の生体内代謝、設問[3]では神経伝達物質であるアドレナリンの生合成と生分解反応にそれぞれ活かしています。

 背景を考えれば医学・薬学・化学を見事に融合させた非常に完成度の高い問題ですが、受験生が限られた時間内で解答するにはかなり厳しいセットであったと予想されます。特に設問[2]-(ii)や設問[3]-(ii)(iii)あたりの構造決定は、設問[1]で示されたイミンやヘミアミナールの化学的性質を十分理解していることが前提であり、仮に解答できた受験生であってもかなり手こずったのでは無いかと考えられます。

 設問[1]、設問[2]-(i)、設問[3]-(i)あたりは標準レベルに収まっているので確実に得点し、残る設問については残り時間と相談しつつ解答する形になるでしょう。

 また先述の通り設問[3]で扱われているアドレナリンの生合成はこの前年に東大化学で類似の問題が出題されています(https://wp.me/pbB1S2-mC)。この問題を解いていてアドレナリンなどの構造を把握していた受験生にとってはかなり有利に働いたと思われます。

 

 

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

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