有機ハロゲンと麻酔薬 (2012年 東京慈恵会医科大)

 本問は無機ハロゲンに関する前半部分(問題I)と有機ハロゲン(問題II)から構成されており、一部関連していますが(問2と問7)ほぼ独立した内容になっています。前半は無機分野で頻出の知識及び記述問題ですが、後半部分は医学部らしく麻酔薬を絡めた独自色の強い内容となっています。

問題I (無機ハロゲン)

解答(問題I)

問1-(1): (I) → (II) ←
問1-(2): I > Br > Cl > F
(理由): 原子番号の小さなハロゲン元素ほど電気陰性度が大きく陰イオンの状態が安定で、他の分子に電子を与えて還元する能力が低い為。(57字)

 還元力とはある分子が他の分子に電子を与える能力の大きさを指しますが、ハロゲン化イオンの場合原子番号の大きなもの程高い還元力を持ちます。これは原子番号の大きなハロゲン程電気陰性度が小さく陰イオンの状態よりも分子の状態の方が安定であることに起因しています。

 ハロゲン単体の酸化力とは表裏一体の関係にあり、電子親和力(電子を1つ受け取った際に放出するエネルギー)の大きなフッ素が最も強い酸化力を持ち、塩素、臭素、ヨウ素と続きます。従って問1-(1)の反応(I)は右方向、反応(II)は左方向へ進行します。

 一方で第一イオン化エネルギー(電子を1つ取り去る為に必要なエネルギー)は1価の陽イオンになりにくいハロゲンではいずれも大きく、特にフッ素の第一イオン化エネルギーは貴ガスを除くと最大です。

問2: (ア) ファンデルワールス (イ) 分極 (ウ) 水素 (エ)(オ) H2O, NH3 (順不同)

 ハロゲン化水素の沸点に関する知識問題です。教科書的な内容であり特に難しい点はありませんが、「有機ハロゲン分子は分極(電荷の偏り)が小さく、分子量は大きくても沸点は小さい」という記述は後半部分の問題に対する布石になっています。

問題II (有機ハロゲン)

解答(問題II)

問3: クロロホルム

 アセトンと次亜塩素酸の反応については殆どの受験生が知らないと思いますが、「アセトンとヨウ素の反応」からヨードホルム反応に近い何かが起こっていると推測出来ます。あとは与えられた分子量と麻酔に利用されたという文脈からクロロホルムである事が分かります。

 現在ではその毒性からクロロホルムが麻酔薬として利用されることはありませんが、有機溶媒として高い需要があります。またこれは有名な話ですがクロロホルムで相手を気絶させるためには相当量を吸引させる必要があり、フィクションのように布に染み込ませた程度では不十分です。

問4: (A)、(B)、(E)

 聞きなれない名前がずらりと並びますが、いずれも示性式が与えられているのでそれを構造式に直すことは容易です。あとはこの中から不斉炭素原子を持つものを選べばよく、ハロタン、エンフルラン、イソフルランが該当します。

問5: 光を照射する

 いわゆるアルカンの置換反応であり温度を上げる事でも進行しますが、常温で反応を行う場合は光照射が必要になります。

 実際には加熱や光照射によって塩素-塩素結合の開裂が起こり、塩素ラジカル(不対電子を持つ塩素原子)を生じます。そして高い反応性を持つ塩素ラジカルの発生が引き金となって連鎖的に反応が進行することで、最終的にアルカンの置換反応が完了しますが、この辺りは大学の化学で習う領域となります。

 なおベンゼンと塩素を鉄粉触媒下で反応させることでやはり置換反応が起こりますが、同じ置換反応でもメカニズムは全く違います(こちらも大学化学の領域)。

問6: 下図参照

 見慣れない反応ではありますが、2級アルコールである2-プロパノールが還元剤として作用する事から、最終的には対応するケトンであるアセトンへと変換されると考えられます。

 従って塩化物と2-プロパノールが同物質量で反応し、結果として同物質量のイソフルラン及びアセトンが生じる事になります。ここで両辺における原子数を比較することで副生成物として塩化水素が生じると考えられます。

 与えられた条件から丁寧に記述すれば特に問題はありませんが、酸化還元反応ということで半反応式を持ち出そうとするとドツボに嵌ってしまう恐れがあります。

問7: (イ)

 問2において、有機フッ素化合物はフッ化水素と異なり分子内における電荷の偏りが小さく、分子量に対して沸点が大きくないと述べられています。すなわちデスフルランのようにアルキル基の一部がフッ素で置換されていたとしても、通常のアルキル基と同様に疎水基として振舞うと予想されます。

 疎水性化合物は、酸・塩基などのイオン性化合物やアルコール・アミドなどの親水性化合物とは分子間結合を形成しにくい一方で、同じ疎水性化合物どうしではファンデルワールス力などの疎水性相互作用に基いて凝集する傾向があります。

 これはタンパク質の側鎖でも同様であり、デスフルランの結合部位には疎水性の側鎖が集中しているものと考えられます。このことを念頭に以下の通り選択肢のアミノ酸を分類すると、疎水性側鎖が大部分を占める(イ)が結合部位として予想されます。

(ア): 中性かつ親水性の側鎖(アスパラギン、グルタミン、トレオニン)
(イ): 中性かつ疎水性の側鎖(イソロイシン、バリン、フェニルアラニン)
(ウ): 塩基性(リシン)または親水性の側鎖(セリン、トレオニン)
(エ): 酸性(アスパラギン酸、グルタミン酸)または親水性の側鎖(トレオニン)

 なお、直後に登場するプロポフォールもまた疎水性のイソプロピル基を持っており、デスフルランと同じ部位に結合すると考えられます。まあ、(イ)の中には1つだけ親水性の高いスレオニン残基が含まれますが、これはデスフルランの酸素原子やプロポフォールの水酸基との間の水素結合に寄与するものと思われます。

 
 本文の読解力やアミノ酸残基と極性に関する正確な知識が必要となる為、比較的難易度は高めであると思われます。

問8: 6種類

 3置換ベンゼンの異性体に関する頻出問題で、以前にも殆ど同じコンセプトの問題を今年の滋賀医科大の入試で紹介しました。過不足なく数え上げられれば何でも良いですが、ヒドロキシル基の位置を固定して考えるとやりやすいと思います。

 数え漏らしは勿論の事、裏返して一致する化合物を重複してカウントしないように注意しましょう。

コメント

 前半は無機ハロゲンに関する頻出問題で特に難しい点はありませんが、問1(2)の記述部分の出来具合で差が出たと思われます。 

 一方の広範は有機ハロゲンと麻酔にスポットを当てた医学部らしい出題です。題材や登場する化合物は目新しいものが多いですが、有機化学としての難易度は標準的な内容が多く、標準的な知識問題である問3及び問5や構造式を描きだすだけで解決する問4及び問8あたりは完答したい所です。一方で問6や問7は問題文を読みながら答えを考察する必要があるためやや歯ごたえがあり、特に問7はアミノ酸の名前から側鎖の構造をある程度推測できないと厳しい内容です。

 化学が得意な人であれば完答を狙える内容であり、そうで無かったとしても6問程度は完答しておきたい所です。各小問は殆ど独立している為、解けるところから順番に解答してゆく姿勢も重要となります。

 

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

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