オゾン分解産物の行方 (2021年 東大化学 第一問-I)


 今年も東大化学の第一問は有機分野からの出題であり、例年通り2つの独立したパートから構成されています。前半部分は分子式C6H12Oで与えられる6つの構造異性体に関連した構造決定の問題です。

 与えられた分子式より不飽和度は1であるため、いずれの異性体も二重結合か環構造を一つだけ持つと考えられます。加えて実験5の結果からケトン及びアルデヒド(カルボニル化合物)の可能性が除かれる為、化合物A~Fはアルコールかエーテルのいずれかとなります。

解答

ア: 下図参照

 問題文及び各実験の結果から化合物Aに関して以下の情報を得る事が出来ます。

・不斉炭素原子を1つだけ持つ(問題文)
・ヒドロキシル基を持たない(実験1)
・炭素-炭素或いは炭素-酸素二重結合を持たない(実験2, 5)

 上記の情報から化合物Aは環構造を持ったエーテル化合物であると推測する事が出来ます。このうち5員環構造を持つものは以下の4つのタイプに分類されます。

① 5員環エーテル上の水素原子1つがエチル基に置き換わったタイプ
② 5員環エーテル上の水素原子2つがメチル基に置き換わったタイプ(同一炭素)
③ 5員環エーテル上の水素原子2つがメチル基に置き換わったタイプ(異なる炭素)
④ シクロペンタン上の水素原子1つがメトキシ基に置き換わったタイプ


 このうち不斉炭素原子を1つだけ持つのはタイプ①に属する2つのみです。これらの化合物は他の実験事実とも特に矛盾しない為、これが正答となります。

問イ: 下図参照

 同様に、問題文及び実験結果から得られる化合物Bの情報は以下の通りです。

・不斉炭素原子を1つだけ持つ(問題文)
・二級アルコールである(実験1, 3)
・炭素-炭素或いは炭素-酸素二重結合を持たない(実験2, 5)
・ヨードホルム反応を示す(実験4)

 上記の条件を満たす4員環化合物を考える訳ですが、今回は酸素原子がヒドロキシル基に使用されている為、4員環はシクロブタン骨格に由来するはずです。加えて化合物Bが不斉炭素を1つ持ち、ヨードホルム反応を示す2級アルコールである事を考慮すれば、考えられる構造は以下の1通りのみとなります。

問ウ: 下図参照

 同じように問題文と実験結果から化合物Cの構造情報を集めます。

・不斉炭素原子を1つだけ持つ(問題文)
・3級アルコールである(実験1, 3)
・炭素-炭素二重結合を1つだけ持つ(分子式、実験2, 5)
・水素付加による還元反応によって不斉炭素原子を失う(実験2)

 2番目及び3番目の条件から、化合物Cは炭素-炭素二重結合を1つだけもつ鎖式の3級アルコールである事が分かります。これだけでは候補がそれなりに存在して絞り込みが難しいですが、1番目及び4番目の条件を併せて考える事で化合物Cの構造を以下に示す1通りに絞り込むことが可能です。


 化合物Cの不斉炭素原子には、ヒドロキシル基、メチル基、エチル基、ビニル基が結合していますが、水素還元によってビニル基がエチル基に変換されて不斉炭素原子が失われます。このタイプの不斉炭素原子の消失は頻出なので是非覚えておきましょう。

問エ: 下図参照

 化合物Dに関して得られる情報は以下の通りです。

・不斉炭素原子を1つだけ持つ(問題文)
・ヒドロキシル基を持たない(実験1)
・炭素-炭素二重結合を1つだけ持つ(分子式、実験2, 5)
・水素付加による還元反応によって不斉炭素原子を失う(実験2)

 2つ目及び3つ目の条件から、化合物Dは炭素-炭素二重結合を1つだけもつ鎖式のエーテル化合物であると分かります。丁寧に設問でも述べられている通り、1つ目及び4つ目の条件を考慮することで、化合物Dの構造は以下の通り決定出来ます。


 基本的な考え方は前問と同様であり、ビニル基がエチル基に還元されることで不斉炭素原子が失われます。

問オ: 下図参照

化合物E及びGの構造

 まず化合物Eから考えます。問題文、分子式及び各種実験結果から化合物Eに関する以下の情報を得る事が出来ます。

・不斉炭素原子を1つだけ持つ(問題文)
・一級アルコールである(実験1, 3)
・炭素-炭素二重結合を1つだけ持つ(分子式、実験2, 5)
・オゾン分解によりアセトアルデヒドを生じる(実験6)

 従って化合物Eは一級アルコールに起因する「-CH2-OH」の部分構造を持ち、更に実験6でアセトアルデヒドを生じる事から「C=CH-CH3」の部分構造を持つ事が推測されます。この2つの部分構造と不斉炭素原子を1つ持つ事を踏まえると、化合物Eの構造は下図の通りと考えられます(幾何異性体は区別しない)。


 化合物Eのオゾン分解によって、アセトアルデヒドと共に不斉炭素原子を持った炭素数4のアルデヒド(化合物G)が生じます。このアセトアルデヒドを還元して得られる二価アルコールは不斉炭素原子を失っており、実験7の結果と矛盾しません。

 なお、化合物Eがシス体かトランス体であるかは化合物Gの構造に影響せず、今回の実験だけではどちらの立体であるかを判断する事は出来ません。

化合物F及びHの構造

 最後に化合物Fの構造ですが、実験2の結果から化合物Eの幾何異性体、或いは二重結合の位置のみが異なる構造異性体であると推測出来ます。更にオゾン分解反応によって炭素数5の化合物が生じる事から、化合物Fにはビニル基(-CH=CH2)が存在すると推測出来ます。

 従って化合物Fの構造式は下図の通りであると推測され、理論通りオゾン分解が進行したと仮定すればホルムデヒドと共に炭素数5のアルデヒド(化合物H’)が生じると予想されます。


 ところが実験8に述べられている通り、化合物Fのオゾン分解で生じる化合物Hは図1-1の例によって生じる化合物H’とは異なる構造を持ちます。確かに化合物H’は分子式及び銀鏡反応を示す点では条件を満たしていますが、不斉炭素原子を1つしか持っておらず、化合物Hの示す条件と一致しません。

 ところで化合物Hにはヒドロキシル基とアルデヒド基が共存しており、リボースやフルクトースといった糖類と同様に、環構造を取ることが出来ると考えられます。このようにして得られる環状化合物は2つの不斉炭素原子を持っており、化合物Hの性質に合致します。

 また環状化合物そのものに還元性はありませんが、グルコースなどと同様に水中では還元性を示す化合物H’との化学平衡にあり、全体として還元性を示すと思われます。

問カ: (a)-ヒドロキシ (b)-水素 (c)-難しくなって

 アルコールやエーテルの分子間力と沸点に関する基本的な問題です。後半は立体障害の話などが出てきますが、要は沸点が低いアルコールの方が水素結合を形成しにくいという考え方さえできていれば特に難しくはありません。

 但し空欄(c)に何を入れて良いか迷った受験生は少なからずいたのではないかと思います。

コメント

 最後の化合物Hに関しては糖の化学平衡や還元性に着想を得て、環状ヘミアセタールとなる事を思いつくことはかなり厳しかったと思われますが、残りの化合物に関しては与えられた情報を精査してゆけば正しい構造に辿り着くこと自体はそれほど困難ではありません。

 しかしながらC6H12Oで与えられる分子は多種多様であり、与えられた情報を上手く処理する能力が問われます。本問に関しては正答に辿りつけるかに加えて、いかに手早く解き切る事が出来るかという点も重要になっています。

 可能性のある構造全てを答える必要のある問アは別として、問イ以降で解答する化合物はいずれも答えが1通りであることは保証されています。このような場合、一から理詰めで構造を絞り込むのではなく、とりあえ有り得そうな化学構造を描いてみて、問題文や実験結果と矛盾が無い事で正答とするといった思い切りの良さも重要です。

 問オは難易度が高いため試験時間内での解答は厳しいかもしれませんが、それ以外の問題については完答しておきたい所です。

 


 

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

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