乾燥耐性とトレハロース合成 (2021年 東大生物 第1問-II)

 今年の東大生物第1問の前半はクマムシの乾眠と遺伝子に関する話題でしたが(参照: https://wp.me/pbB1S2-O7)、後半も引き続き多細胞生物の乾燥耐性がキーワードとなっています。

 扱う生物はクマムシから線虫に代わり実験内容も前半とほぼ独立していますが、事前曝露の説明や意義に関しては、前半の記載を参照する必要があります。

 なお、問Hに関して大学側より以下のような訂正がありました。「原料」という表現は科学的に適切でないとは思われますが、訂正前であっても意図を汲み取る事は十分可能であり、仮に見落としたとしても解答に影響は無かったと思われます。

解答

F: 1-解糖系 2-クエン酸回路 3-電子伝達系 G: 酸化的リン酸化反応

 いずれも好気呼吸に関する基本的な知識問題であり絶対に落とせません。問Fの空欄補充は文脈上順不同では無いため、ケアレスミスに注意が必要です。

H: (3)

 問題文及び図1-5の情報よりある種の線虫は事前曝露を受ける事でトレハロースの蓄積を開始し、この際基質であるグルコース由来代謝物G1及びG2に加えて反応を触媒する酵素Pの存在が重要であることが読み取れます。

 これに対し実験4で得られた変異体Xは野生型と比べて乾燥耐性が低下しており、図1-6の通り事前暴露後のトレハロース蓄積量が減少しています(但し、少量ながら蓄積はしている)。

 本問では変異体Xにおけるトレハロース蓄積量減少の原因を実験4の結果のみから考察し、5つの選択肢から解答します。

選択肢(1)及び(4)
 図1-7から分かる通り変異株Xもトレハロース合成に必要な酵素Pを保有しており、その活性も基質が十分に存在すれば野生型と同程度です。すなわち酵素Pの発現量或いは活性低下がトレハロース蓄積量低下に繋がっているとは考えづらく、答えから除外することが出来ます。

選択肢(2)
 仮に変異体Xにおいてトレハロースが酵素Pを介さずに合成されているとすれば、二重変異体P:Xにおいてもトレハロース蓄積が確認される筈です。
ところが図1-6が示す通り変異体P、二重変異体P:Xの両方でトレハロースの蓄積が確認されていません。従って野生型及び変異体Xの両方について、トレハロース生合成は酵素Pを介してのみ行われると考えられ、答えから除外する事が出来ます。

選択肢(3)及び(5)
 上記の通り酵素Pの活性及び発現は変異体Xでも維持されており、代替経路も存在していません。従ってトレハロースの原料である基質G1及びG2の不足が有力な原因と考えられます。
 G1及びG2に言及している選択肢は(3)及び(5)ですが、仮にG1及びG2を産生する酵素の量が増加すればG1及びG2の産生量も増加し、逆に酵素Pを介したトレハロース蓄積を促進すると考えられます。従って選択肢(5)も答えから除外され、選択肢(3)のみが残ります。

 答えが1つだけであると最初から知っていれば選択肢(3)を選ぶことはそれ程難しくないと思われますが、複数選択可能である点が本問の難易度を引き上げています。特に選択肢(2)はやや引っ掛け感があり、図1-6で二重変異体を作成した意図を正しく汲んで除外出来たかが鍵と言えます。

I: 遺伝子Xトリグリセリドからグルコースを合成する経路に関与し、グルコースを原料とする基質G1の産生を高め、酵素Pによるトレハロース合成に寄与する。(73字)

 問題文の最終行「線虫はアミノ酸や脂質を原料としてグルコースを合成できることが分かっている」という記述が本問を考える上で重要となります。すなわち、トレハロースはグルコースを原料として生合成されますが、仮にグルコースが不足していたとしても以下の通り脂質やアミノ酸を原料に合成することが可能です。

脂質・アミノ酸 → グルコース → 基質G1 → (基質G2) → トレハロース

 実験5では標識酢酸を線虫に投与する事で最初に脂質の主要成分であるトリグリセリドを14Cで標識し、その後脂質の行方を14Cの放射線を指標として以下の通り追跡しています。

野生型
 14C標識されたトリグリセリドは殆ど消失し、代わりに14C標識されたトレハロースが大量に蓄積しています。従って野生型では「脂質→グルコース」の経路が亢進しており、脂質から合成したグルコースを原料に大量のトレハロースを蓄積していると考えることが出来ます。

変異型X
 実験4の場合と同様に事前暴露後のトレハロース蓄積が減少しており、14C標識トリグリセリドが完全に消費されず残存しています。従って、変異型Xでは「脂質(トリグリセリド)→グルコース」の経路が十分に機能しておらず、結果としてトレハロースの原料となるグルコースが不足した状態と考えられます。

 前問の段階でトレハロース蓄積量が減少した原因として基質G1及びG2の供給不足が既に予想されていましたが、実験4の段階では問題となる経路(「脂質(アミノ酸)→グルコース」「グルコース→G1」「G1→G2」等)は特定できていませんでした。

 これに対し実験5の結果から、変異型Xにおける基質不足の直接的な原因として「トリグリセリド→グルコース」の経路の機能低下が有力視され(グルコース以降の経路に問題が生じているならば、少なくとも14C標識トリグリセリドは消費されている筈)、後はそのことを設問の指示通り記述します。

 必要キーワードが多い割に字数制限が厳しい為(2行なので60~80字程度)、要点を絞って簡潔に記述する必要があり、大論述とは別の意味での記述力が問われます。最初から2行で収めようとするのではなく、まずはざっくりと記述した後に不要な箇所を削ってゆくと良いでしょう。 

コメント

 基礎的な知識問題であるF及びGは完答必須として、実質的には後半2問の勝負となります。H, Iともに内容自体は標準的ですが、Hは複数選択可能であり、Iは字数制限が厳しく決して簡単ではありません。
 個人的にはHを落とすと他の受験者に差をつけられてしまい、Iをしっかり解答できれば他の受験生に差をつけることが出来ると考えます。

備考: トレハロースについて 

 トレハロースはマルトースと同様にグルコース二分子から成る二糖類ですが、両者ともアノマー位のヒドロキシル基をグリコシド結合に利用している為、スクロースと同様に水溶液が還元性を示さないという特徴があります。



 クマムシも乾眠時にトレハロースを蓄積することが分かっていますが、トレハロースの具体的な役割に関しては諸説存在し、未だに決着はついていないようです。

投稿者: matsubushi

趣味で数学など

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